183 物々交換広場

 翌朝。昨日は少し寝坊をしたが、今朝は早めにスッキリと目が覚めた。


 窓から早朝の光が差し込む部屋の中、既に起きて着替えを終えたらしいセリーヌと目が合った。これから物々交換に向かうのだろう、少し眠そうに目をこすっている。


「ふぁ~、おはようマルク。まだ寝ていてもいいのよん?」


「おはようセリーヌ。家ならいつもこのくらいに起きてたから平気だよ。それより僕も広場の物々交換を見に行きたいんだけど、一緒に行っていい?」


 この村の経済活動の中心地だ。やっぱり一度は見ておきたい。


「ええ、別にいいわよん。あんたが一緒なら母さんを起こさないでいいわね。今日はゆっくり寝かせてあげましょうか」


「はーい、ちょっと着替えるから待ってね」


「はいはい、先に準備して外で待ってるわよ~」


 わざわざ部屋の外に出ておいてくれるらしい。俺は別に着替えくらい見られても気にしないんだけど、その気配りは嬉しいね。


 俺は隣で出来の良すぎる人形の様に身じろぐことなく寝ているニコラを起こさないよう静かに外着に着替えると、外に出て水魔法で顔を洗った。


 外で待ってくれていたセリーヌは既に出かける準備を終えている様で、荷車には小さい酒樽がいくつも積み込まれている。


「おまたせ。酒樽はアイテムボックスに入れとくね?」


「ああ、入れなくていいわよ。物々交換をする時は現物を見せながらのほうが話が早いしね。これくらい私が引っ張っていくわよ~」


 確かにいちいちアイテムボックスから取り出して、交換相手と商談をするのは面倒かもしれない。さすがは物々交換の熟練者である。


「今日はお酒と何を交換するの?」


「んー、今日一日の食事分と、後は旅支度に備えて手軽に食べられそうな食料も交換しておこうと思ってるの。だから今日で酒樽の在庫の殆どを吐き出すわよ~」


「そっかー」


 溜め込んでいた酒樽が殆ど消えたと知ったらエクレインが泣き崩れそうだ。それに俺はホームステイ計画中であり、まだ村を出るつもりはないのだけれど、アイテムボックスの中だと腐らないし適当に話を合わせておくことにした。


 それからしばらく歩いて広場に到着した。さすがに毎日使われる場所だけあって、しっかりと整地されている。トリスの魔道具実験場と比べてもこちらの方がだんぜん広い。


 昨日までは村人なんて数えるほどしか見かけなかった。しかしこの広場には荷車を置いてその場で客が来るのを待つ人、背負いカゴに色々と詰め込んで目当ての品物を探す人、ひやかしだろうか何も持たずにウロウロする人等など、たくさんの村人で賑わっている。


 そんな広場の人と人の間を抜けて歩いていくと、セリーヌが少し太ったおばさんの前で立ち止まった。後ろには保存庫の魔道具を積んでいる荷台が置いてあり、その横には線の細い耳の長い男性が立っている。


 おばさんは俺を一瞥するとセリーヌに声をかけた。そういえば若々しい人が多いこの村で、初めて普通のおばさんを見たかもしれない。


「おや、セリーヌ。その子が一緒にポータルクリスタルに飛んできた子かい?」


「ええ、そうよん。あと双子の妹ちゃんもいるんだけどね。その子はオネムなので今日はこの子だけよ~」


「マルクと言います。よろしくおねがいします」


 ペコリと頭を下げると、おばさんは目を丸くしながらふくよかな腰に手をあてた。


「まあまあ礼儀の正しい子だねえ。ウチの子も見習わせたいよ。それでセリーヌ、今朝は何が欲しいんだい?」


「そうねえ、鹿肉の切り身とソーセージ、後は干し肉なんかも貰えるかしら。こっちはコレを出すわね」


 荷車の酒樽を指差しながらセリーヌが注文すると、おばさんが背後に控えていたハーフエルフの男性に呼びかけた。


「あいよ。アンタ、包んでやってちょうだい」


「ああ」


 ハーフエルフの男性が穏やかに頷き、保存庫から注文された品を取り出し始める。


 そして交換は滞りなく終了した。さすがに慣れているだけあって、だいたい酒樽いくつで肉がどのくらい~みたいなレートは出来上がっているみたいだ。


 ちなみにエクレインの酒樽は結構な高レートで取引されているように見える。さすがは村一番の酒造りの名人だ。エクレイン曰く俺が造った方が美味しいらしいけど、俺は余所者だしノーカンだよね。


 おばさんと別れた後、気になったことをセリーヌに尋ねてみた。


「セリーヌ、あのおばさんもハーフエルフなの?」


「マティルダさんは人間族よ。後ろにいた旦那さんはハーフエルフだけどね。旦那さんはこの村を出て冒険者になってたんだけど、マティルダさんと知り合って結婚して村に戻ってきたのよ。今は冒険者時代に得意だった弓を使った狩猟で生計を立てているわ~」


「へえー。この村で人間族は初めて見たかも」


「前も少し言ったけど、外で旦那さんや奥さんを見初めて村に戻ってくる人は結構いるわよ。うちの母さんなんかは逆で、村に迷い込んできた父さんと一緒になったんだけどね」


 セリーヌが少し懐かしそうに空を見上げた。やはり父親は既に亡くなっているのだろうか。


 人間族とハーフエルフは寿命も違うし老い方も違う。その辺どのように折り合いをつけて夫婦になる道を選んだのだろう。少し気になったけど、興味本位で聞くようなことでもないよな。


 俺は考えを中断すると、ガラガラと荷車を引くセリーヌの後に続いて広場の中を歩いていった。

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