182 闇魔法

「はふう~」


 三人を見届けた後、ゆっくりと岩風呂に浸かった。ぷかぷかと仰向けに浮きながら、いつの間にか夕暮れに染まった空を眺める。――俺は思った。


 独りで入るには広すぎるねコレ。


 ◇◇◇



 寂しい独り風呂を堪能した後は風呂の片付けだ。浴槽は翌日以降も使うつもりなので、お湯をアイテムボックスに収納してから、土魔法で作った上蓋を雑に乗せて砂や葉があまり入らないようにしておく。


 ……片付けが終わり、脳内のアイテムボックスのリストを見て、一人ため息をついた。またどうでもいい残り湯コレクションが増えてしまったらしい。ご丁寧に《エクレイン セリーヌ ニコラ マルクの残り湯 E級ポーション入り》とラベリングされている。


 以前は残り湯なんかでも捨てずに溜め込んでいけば、いつかはアイテムボックスの容量が一杯になって、どのくらいまで収納可能になのか判明すると思っていたけれど、いつまで経ってもその限界が見えそうにない。俺はそろそろ容量を調べるのは諦めようと思う。


 そうなってくると残り湯を溜め込んでいてもあまり意味がないし、風呂の残り湯を溜め込むという行為は女性陣からのウケもあまりよろしくないので、これからは積極的に消費していこう。ポーション風呂の残り湯なら畑に撒いてもいいかもしれない。



 ◇◇◇



 少し薄暗くなってきた森を引き返し、グプルの実を幾つかもいでセリーヌ宅へと戻った。玄関の扉を開けると、テーブルを囲んでくつろいだ様子の三人の視線が俺に集まる。


「待ってたわよお、マルクちゃん。それじゃあさっそくやってみましょうか。グプルの実を持って闇属性のマナを出してみて?」


 少しわくわくした様子のエクレインに急かされながら、俺は椅子に腰掛けた。三人が見つめる中、アイテムボックスから取り出したグプルの実を両手で持つ。闇属性ね、闇、闇……。


 ただひたすらに闇をイメージしながら自分の中にある魔力に集中する。しかし闇属性のマナが湧き出てくる気配はない。そのまま数分経過した頃、じっと様子を見ていたエクレインが口を開いた。


「ありゃ、やっぱり駄目だったのかしらね? でも気を落とすことはないのよお。この村にだって、私と長老の一人しか闇魔法の使い手はいないんですもの」


「もう母さん、見切りが早すぎよ~。もう少しマルクにやらせてあげてよ」


 二人の会話を聞きながらも闇闇闇とイメージし続ける。しかし全く闇のマナの手応えはない。……これは本当に適性がないのかもしれないな。俺が少し諦めを感じ始めた頃、ニコラから念話が届いた。


『お兄ちゃん、闇ってどんなイメージですか?』


『えーと、恨みとか妬みとか、あとはとか? そういうのが闇っぽいエネルギーだと思うけど』


『ぶっぶー、ハズレー! 天使にも闇属性の天使がいる話はしたと思いますが、研修中に会った闇属性の天使の皆さんは、別に恨みや妬みを日々抱えているじゃなかったですよ。そもそも性格が社交的なら陽、内向的なら陰みたいな考えがおかしな話なんです』


『ああ、言われてみればそんな気も……』


 ニコラが俺の目をじっと見ながら念話を続ける。いつもこれくらい真面目ならありがたいんですけどね。


『性格のあり方に明るいも暗いもありません。それらは人が勝手に関連付けただけのノイズです。それをすっぱり頭から切り離して、真に闇をイメージしてください。光魔法が扱えるんですから案外簡単ですよ。光と闇は表裏一体なのです』


 光の反対ってことでいいのかな。……そういうことならまずは光をイメージし、そしてその裏側にあるものを想像してみることにしよう。光、闇、陽、陰、明、暗、白、黒、黒黒黒闇闇闇闇闇……



 ――コポコポコポコポ……


 しばらくするとグプルの実の中から泡立つような音が聞こえてきた。いつの間にか自分の両手は闇属性のマナで包まれている。どうやら成功したようだ。


「ほらね?」


 セリーヌが自慢げな顔をエクレインに向けた。最近セリーヌの俺自慢が止まらない。自分のことのように喜んでくれるのは嬉しいけどね。


 さて、コツは掴んだ気はするが、今回の場合は味も課題のうちだ。


「エクレインさん、試飲してくれる?」


 俺はマイ包丁でグプルの実の先端部分を切り離し、エクレインに手渡す。エクレインは発酵した果汁をひと嗅ぎした後、コップに注がずそのまま口の中に含み、しばらくして一気に飲み干した。


「うーん、初めて作ってこの出来はすごいけど、私の域にはまだ達してないかしらねえ。漠然と実を発酵させるだけじゃなくて、周りの果肉と果汁を余すところなく発酵させて濃厚に仕上げるともっと良くなるわよお」


 なるほど、闇属性のマナを広げる範囲や強さも考慮する必要があるようだ。


「もう少し練習させてもらっていい?」


「もちろん。まだまだ飲めるわよお!」


 エクレインは空になったグプルの実を掲げ、俺が二つ目のグプルの実を手に取ると、セリーヌはやれやれと肩をすくめた。



 ――そして七つ目の挑戦。


 既に夕食が始まっているのだが、エクレインは酒のつまみにソーセージを食べた後、俺のグプル酒を一口飲んで目を見開き、直後にガックリとうなだれた。


「うう……、もう私のお酒より美味しいわ。なんなのかしらこの敗北感。この村で一番の酒作りの名人は私だったのにい。……でも美味しいから許しちゃう、おかわり!」


 エクレインのお墨付きを頂いたようだ。発酵させる範囲をある程度絞った後は、闇属性のマナの質と量と高めていけばより良い酒が作れるみたいだ。


 それにしても発酵という現象は酵母が糖を分解することだし、この場合の発酵って実の中の酵母が活性化するのか、それとも闇魔法酵母みたいな物が存在するのだろうか? ……まぁ深く考えてもわからないので、やっぱり魔法はすごいの一言で考察は放棄しよう。


 それよりも闇魔法の質と量次第で発酵食品の味が良くなるのなら、この世界にある既存の発酵食品も、俺が手をかければ更に美味しくなる可能性があるということだ。それに未だにこの世界で見たことが無いものだって自分で作れるかもしれない。


 ふと思いついたのは納豆だけど、間違いなく俺と、もしかしたらニコラくらいしか食べないだろうしなあ。どうせならみんなも喜んでくれるようなものを作りたいよね。何かよさそうな発酵食品なかったかな。


 俺は闇魔法の活用方法に夢を膨らませつつ八つ目のグプルの実を手に取ると、「飲ませすぎ」とセリーヌに取り上げられた。


 その後、泣きの一杯を巡って親子が仲良く喧嘩をするのを眺めながら、この村に来て二日目の夕食を楽しく過ごしたのだった。

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