184 特製シチュー

「あら、今日はエステルが来てるわね」


 そう言ったセリーヌの視線の先には、折りたたみ式の長机の前で立つエステルがいた。どうやら彼女が店番をしているみたいだ。


 長机の上には寸胴鍋が三つと、大中小と三種類の大きさで作られた木の容器が重ねて置かれている。俺たちがエステルに近づくと、向こうもこちらに気付いたようで笑顔でブンブンと手を振り始めた。


「おはよ、セリーヌ、マルク! 少しくらいはサービスするから、たくさん持って帰ってね!」


「ええ、私も母さんもエステルのお家の料理は大好きだもの。マルクもいるし、今日はたくさん交換させて貰うわね~」


「わあ、ありがと!」


 どうやらエステル家で作られたお惣菜をここで出品しているらしい。後ろのカゴに雑に積まれている容器から察するに、寸胴鍋から容器に食べ物をよそい、容器は次に来たときに返してもらうという仕組みのようだ。よく見れば近くで立ち食いをしている人もいる。


「これの中身はなにかしら?」


 セリーヌが寸胴鍋を指差すと、すぐにエステルが寸胴鍋の蓋を開けた。背が届かないので俺からは見えないけれど、食欲を刺激する美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。


「うちの特製シチュー! マティルダさんところの鹿肉もゴロゴロと入ってるし、出来たてのおすすめだよ!」


「あら、美味しそうねえ。これって鍋一つまるごと貰ってもいいのかしら?」


「三つとも同じシチューだから大丈夫だけど、早めに食べ切らないと痛んじゃうかもしれないよ?」


「そこはマルクのアイテムボックスがあるから問題ないわ~。それじゃあマルク、この寸胴鍋と同じ大きさの石の器を作ってもらっていい?」


「はーい」


 どうやらこれが旅先での食料になるようだ。俺はその場で寸胴鍋を作り上げ、ゴトリと長机の上に載せた。


「うわー、何度見てもマルクの魔法はすごいね! それじゃあ移し替えるよー」


 エステルが重そうな寸胴鍋の取手を掴んでぐっと持ち上げると、俺の作った寸胴鍋にシチューを注ぎ込む。鍋を傾けた時、真っ白でとろとろのシチューが鍋から鍋へと滝のように流れていく様子が見えた。


 すると先程以上に濃厚で美味しそうな匂いが辺り一面に漂い始める。村の滞在延長が決まったら、保管せずに食べることを提案したい。


 そしてその匂いに釣られ、近くの村人がぞろぞろとエステルの周辺に集まり始めた。どうやら今朝のエステル家は商売繁盛しそうでなによりだね。


「はい、シチュー全部入ったよ。あっ、お客さんはちょっと待っててね。これから物々交換を済ますから」


 ぞろぞろと長机に集まってきた村人に一言断りを入れるエステルを横目に、俺は石の寸胴鍋をアイテムボックスに収納する。すると周辺の村人から「おおっ……!」とざわめきが起こった。


「アイテムボックスだ」「珍しいな、どこの子だ?」「セリーヌの子供らしい」「セリーヌの子なら納得じゃな」「ディールもいよいよ諦めがつくだろうよ」


 どうやらまだ周知徹底とまではいかないらしい。セリーヌは大きくため息をつくと、俺の肩を抱いて村人たちに向き直る。


「この子は私が外でお世話になってる宿屋の息子さんよ。私の子供じゃないから勘違いしないようにね!」


 全員に聞こえるような声でビシッと言い放った。


「なんだツマンネ」「セリーヌの旦那に興味があったんだがな」「それじゃ男嫌いのセリーヌのままか」「解散解散」


 すると今度はまたしても好き勝手にボヤきながら村人の輪がばらばらと散っていく。


「ああっ、待ってよ! ボクの家の料理を忘れないで!」


 そんな村人たちをエステルが大慌てで呼び止めていた。なんかすいません。



 ◇◇◇



 その後セリーヌは商売の邪魔にならないように幾つかの酒樽をエステルに手渡し、早々にこの場を引き上げた。


 それから何件かの店を回るとエクレインご自慢の酒樽はどんどん交換されていき、あっと言う間に酒樽が尽きた。そして今は帰宅の道である。


 帰りは俺が荷車に乗って、それをセリーヌが引いている。大して舗装されていない道を荷車がガタガタガタと音を鳴らしながら進む。


 最初は荷車もアイテムボックスに収納しようと提案したんだが、


「私があんたくらいの歳の頃は、母さんにこうしてもらいながら帰ったものよ。……そうよ、あんたはまだ八歳なんだもんね。うんうん」


 一人納得しながらそんなことを言って引き下がらなかったので、遠慮なく休ませてもらうことにした。セリーヌから弟子のような扱いをされることはあるけれど、子供のような扱いをされることはあまり無い。たまにはこういうのもいいだろう。


 俺は荷車から足をぶらぶらと動かしつつ、周辺の景色を楽しみながら帰路へとついた。

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