181 親子丼

 適当に森の中を散策しながら、この村でのホームステイ計画に必要な物を考えた。……やっぱり一番必要なのは畑だな。


 今日もポーション風呂にしてみたけれど、ポーションの在庫はまだまだあるとしても供給が無いまま使い続けるわけにはいかない。


 それに、きっとお願いすればセリーヌ宅で住まわせてもらえるなんて甘っちょろいことを考えもないことはないが、これは俺が勝手にセリーヌの為にやることだ。甘えずに自分で暮らせるようしておくべきだろう。


 そのためには食い扶持を稼ぐ必要もある。薬草以外にも魔法トマトと魔法キャベツを育てれば、この村で行われている物々交換に使えるかもしれない。そして畑を作るためには――


「兎にも角にも整地だなー」


 目の前に広がる雑木林を眺めながら、俺は独り言を呟いた。



 ――しばらく整地作業に没頭していると、ニコラから興奮冷めやらぬ口調で念話が届いた。


『お兄ちゃん、そろそろ入浴タイムが終わりそうですよ。それではですね、ついにお風呂に誘われなくなった哀れなお兄ちゃんに少しだけレポートをしてあげましょう。まずはセリーヌですが、いつもはガードが固い彼女がですね、今回は魔力供給の疲れが残っていたのか、湯船でぐったりとして無防備な姿を私に晒し続けてましてね。その見事な裸体に私もついつい両手を合わせて拝んでしまいましたよ。そしてエクレインママはそんな実の娘の裸体を見て、「うわっ……私の体、緩みすぎ……?」と危機感を覚えたようです。なんとですね、私が無邪気にぽよぽよ部分にタッチすると、気にしない素振りをしながらも少し恥ずかしがるようになったんですよ! その様子がまた初々しくてねえフヒヒヒヒッ。これが親子の化学反応ってやつなんですかね? つまり何が言いたいかというと、ハーフエルフ親子丼最高!』


『お、おう……。それじゃ今から引き返すよ』


 俺はやべー奴との念話を打ち切り、整地を終えた辺り一帯を見渡す。今はセリーヌに勘ぐられると困るので整地だけだ。もし見つかったら整地の練習だとか原木が欲しかったということにしておこう。


 ちなみに今回引き抜きまくった原木は、アイテムボックスによると《ナーブ原木》という名前らしい。結構な量の原木を収納したがアイテムボックスにはまだ余裕がありそうなので、このまま収納しておくことにした。たしか商人ギルドで原木は売れたはずだしね。……八歳じゃ会員登録すらできないけど。


 それから岩風呂に戻り、平地の端っこで土魔法の椅子に座って待っていると、エクレインが俺に手を振りながら上機嫌で近づいてきた。残りの二人もそれに続く。


「マルクちゃ~ん。お風呂っていいわねえ。私病みつきになっちゃいそうだわあ。水魔法で体を洗うのは面倒くさいだけなんだけど、これなら毎日でも入りたいわねえ」


「母さん、今日のお風呂は特別製でポーションまで入れてるから、滅多に入れる代物じゃないわよ~」


 すっかり疲れの取れた様子のセリーヌが口を開く。入浴中に魔法で洗濯乾燥をしたのだろう、汗で濡れていた黒いドレスもすっかり元通りだ。そしてその腰に巻き付いているニコラは気持ちよさそうにふにゃりと顔を緩めていた。どうやら風呂で燃え尽きたらしい。


「あら、そうなの? でもお湯に浸かるだけでも十分気持ちいいと思うのよねえ」


「それは確かにその通りね~。それなら浴槽は作ってもらってるんだし、トリス爺さんにお湯の出る魔道具と水を掻き出す魔道具でも作ってもらえば毎日だって入れるんじゃないかしらん?」


「あら、それはいい案だけどかなりお高くなりそうね。ねぇセリーヌ、母さんのために手持ちのお金で交換してきてくれない?」


「酒浸りの母さんにそこまでする気は毛頭無いわよ~。トリス爺さんもグプル酒を飲むんだし、グプル酒の酒樽を積み上げて持って行けばいいんじゃない?」


「うーん、そうなんだけどお。魔道具と交換するのにグプル酒が何樽必要になるのかしらと考えるだけで正直面倒くさくなってくるわあ。なるべく仕事をせずにお酒を飲みながらギリギリの生活をしていくのも、それはそれで楽しいのよねえ」


「もう~。母さん老け込むにはまだ早いわよ~。もっとちゃきちゃき働きなさいよ」


 相変わらず駄目な姉とそれを叱る妹にしか見えないが、二人が親子だというのだからハーフエルフは不思議だ。そんな二人の会話を聞いて、闇魔法を教えてもらおうと考えていたのを思い出した。


「エクレインさん。良かったら家に帰ってから闇魔法を少し教えて欲しいな。闇魔法って使ったことがないんだ」


「あら~、いいわよ。でも闇魔法って適性がないと全く使えないのよね。だから使える人が少ないんだけど、マルクちゃんに扱えるのかしら?」


「母さん、さっきの作業を見てたでしょ? マルクは整地で土風、お湯を作るのに火水、それにポーションで光魔法まで使ってるのよ。すんなり闇魔法が使えてもおかしくないわ~」


「言われてみれば確かにそうだわ。こんなに小さいのに『四元の加護』持ちのディールよりも使える属性が多いのねえ」


 なんだろうか、耳慣れない単語が出てきたぞ。


「その四元の加護って何なの?」


「火水風土の四属性に加護が与えられるギフトよ。そのお陰であいつは高水準で火水風土の属性魔法を使えるの。昔は散々自慢されたのよね~」


「うふふ、セリーヌは火魔法は得意だったけど、他はイマイチだったもんね。しかも村が森に囲まれてるから気軽に練習だって出来なくて、毎日川下の川幅が広い所まで練習しに行って、夜遅くまで頑張ってたのよねえ」


 ほほう。セリーヌにもそんな時代があったのか。たしかに練習場所探しに苦労したなんて話を聞いたことがあった。


「ちょっと~! 止めてよ母さん、昔の話よ。ほら、マルクも闇魔法を教わるのならグプルの実をいくつか取ってから戻ってくるといいわ。それじゃあ私たちは先に帰ってるからね~!」


 少し赤く頬を染めたセリーヌは、うふふと笑い続けるエクレインの背中を押しながらエクレイン、セリーヌ、ニコラと三両連結で森の中へと入って行った。仲が良さそうで何よりだね。

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