180 森林伐採

 汗だくになったセリーヌが風呂に入りたいと言ったので、風呂を作ることになった。俺としてもセリーヌに無理をさせたことは重々承知であり、お詫びの意味も込めて豪華な風呂を作ると宣言した。


 途中で様子見がてらセリーヌ宅に寄ってエクレインに風呂の話をしてみると、どうやらセリーヌに風呂のことを聞いていたらしく興味津々で同行することになった。ふらふらと酔っ払ってはいるけれど、ポーション風呂は悪酔いに効果もあるし丁度いいだろう。


 そして今はセリーヌの誘導に従い、風呂の設置予定場所に移動の最中だ。ニコラはいつものようにセリーヌにベタベタと纏わりつこうと試みたが、濡れてない箇所を探す方が難しいほど汗をかいたセリーヌにやんわりと断られた為、セリーヌの風下に立って鼻の穴を広げている。


「この辺がいいんじゃないかしら。母さん、いいわよね?」


 ふいに立ち止まったセリーヌが周辺を見渡す。辺り一帯は単なる雑木林と落葉で埋め尽くされており、どうやらあまり人の入り込む場所ではないのはすぐに分かった。


「ん~そうねえ。ここなら人もこないし家からも近いし、いいんじゃない? それで、どうやってお風呂を作るのお?」


 歩いている間に多少は酔いが冷めたらしいエクレインが、俺を見ながら興味深げに目を輝かす。


「うーん、まずはこの林を何とかしないといけないよね」


「マルクちゃ~ん。火魔法で焼け野原にするのは駄目よお?」


「ええっ、そんなことしないよっ?」


 俺が驚いてエクレインに振り返ると、エクレインがセリーヌを見ながらニヤニヤと笑い、セリーヌは居心地が悪そうにそっぽを向いていた。そうだね、セリーヌは火魔法が得意だしね。きっと何かやらかしたことがあるんだろうな……。


 さて、セリーヌの若気の至りは置いといて、この雑木林をなんとかするところから始めよう。まずはこれができれば一番ラクチンだと思い、木をそのままアイテムボックスに入らないか試してみたところ、残念ながら収納させてはもらえなかった。


「例えば木を切断しちゃえば、上の方は間違いなく収納出来ると思うんだけど……」


 おそらく地中にしっかりと根を張っているせいで、すんなりと収納出来ないのだろう。花壇に植えたセジリア草を収穫する時も、根っこまで掘り起こさないと収納できなかった。どうやら今回も木の根っこまで掘り起こす必要があるみたいだ。


 次は穴を掘る要領で土魔法を使って根っこ部分の土を柔らかくして、先に土を収納してみる。


 穴の中を覗いてみると、木が根っこを蜘蛛の巣の様に広げて宙に浮かんでいる様子が見てとれた。木を軽く押して見るとグラグラと揺れるが、この状態でもまだ収納出来ない。


 さらに土魔法で作った長剣に風魔法を纏わせて周囲の根っこを幾つか切ってやると、自重に耐えきれなくなった木は根っこをズルズルと引きずり出しながら穴の中へと沈み込み、そこでようやくアイテムボックスに収納できるようになった。


 最後に空いた穴を土魔法で埋めて終了だ。根っこを全部切る必要もなかったし、木が倒れ込んでこないのはありがたいけど、それでもこれはすごく面倒くさいぞ。――なんて思っていたら、エクレインが感心したように声を上げた。


「まあ~。こんなに簡単に木を一本処理出来るなんて、マルクちゃんすごいわねえ」


「……え? そうなのかな?」


『スゥー……。普通は木を伐採してから、周囲の土を掘り起こして切り株を引っこ抜く必要がありますからね。それに比べたら格段に早いでしょう。スゥー……』


 ニコラが相変わらずセリーヌの風下に立ちながら念話で補足してくれた。確かにそれと比べれば随分と早いのかもしれない。


「それじゃあどんどんやってくね。しばらく待ってて~」


 ついさっき面倒くさいと思ったばかりだが、他の手段よりも早いと聞くとなんだかやる気が湧いてきた。気を取り直して作業を続けよう。



 ――それから小一時間ほどかかったが、十分な広さの平地を確保することが出来た。そして周辺の落葉が中に入ってこないように高さ一メートルほどの壁で平地を囲う。これで整地は終了だ。さて、ここからが本番である。


 大自然にぽっかりと広がった平地に、単なるお風呂小屋を作るのはもったいない。ここはサドラ鉱山集落でも作った岩風呂でいこう。


 以前と同じサイズに楕円形の穴を掘り、表面を念入りに固めた後は、穴の外周に土魔法で岩っぽく作った物を配置していく。最後はお湯を張ってポーションを幾つか入れて――完成だ。


「はへえ~。町ではこんな物が作られてるのねえ。すごいわあ」


 俺の造った岩風呂を見ながら感心したようにエクレインが唸る。


「いやいや、こんなのマルクと会うまで私だって見たことなかったんだから。マルクが特別すごいんだからね~」


 自慢げなセリーヌの声を聞きながら、簡単な脱衣所を作る。全く人気ひとけのない所だし、風呂を囲う壁は必要なさそうだ。


「それじゃ僕はこの辺うろついてるからね。お先にどうぞー」


「はーい、お先にいただくわ~。マルクいつもありがとね~」


 そうして三人を岩風呂に残し、俺は手を振りながらその場を去った。


 ……あれ? いつもなら一緒に入ろうとかセクハラを仕掛けてくるのに、今日は珍しくそれが無かったな。エクレインも一緒だからかな? ……まぁいいか。今のうちにこの村でのホームステイ計画に向けた準備を始めよう。

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