177 石の上にも三年
再び家の中へと戻ると、さっそくトリスが棚にある魔道具を物色し、次々とテーブルの上に載せていった。
「先に聞いときゃ良かったな。こういうのでいいんだろう?」
トリスがテーブルの上の魔道具を一つづつ指差しながら説明を始める。
「これは生水を浄化して飲めるようにするコップ。これは冷たい風を送り続ける魔道具、暑い日にいいぞ。これはマナを込めると光るランタンだ」
おお、なんだか便利そうだ。そうだよ、こういうのが欲しかったんだよ。
「それと遠くが見えるようになる眼鏡と、声を大きくして遠くまで届ける魔道具。こういうのはどうだ?」
望遠鏡と拡声器みたいなものかな。どちらも俺の魔法では再現できないので、持っておけば何かの役に立つかもしれない。
「うん。こういうのがいいです。全部欲しいです。ありがとうトリスさん」
「やれやれ、セリーヌがウチの子自慢をしたせいで、えらく遠回りしちまった」
「なによ~。自慢したかったんだから別にいいでしょう~」
セリーヌの反論を聞きながら、トリスは疲れた様に首を回して息を吐いた。そして俺が一度仕舞った魔石の山を再びテーブルの上に取り出すと、それをしばらくじっと見つめ、小さい魔石を数粒摘んで棚の中に置いた。
「対価はこんなもんだ、売れ残りだしな。しかし正直なところ、俺としてももっと魔石が欲しい。だからお前向けに何か作ってやるよ。何か作って欲しい魔道具は無いか? なるべく希望に沿ったものを作ってやるぞ」
「今は特に思いつかないけど……。でももうすぐ町に帰るし、魔道具ってそんなに早く作れるんですか?」
「あん? 簡単なものなら数日、複雑な物なら数ヶ月ってところだが……。ああ、そうか。セリーヌのポータルストーンが出来上がるまで村に滞在するんじゃないんだな」
「え?」
隣のセリーヌを見上げた。セリーヌは俺から目線を外し頬をポリポリとかいている。
「セリーヌ、どういうこと?」
俺の問いかけにセリーヌが目を泳がせた。
「え、えーと、まあ掟ってほどじゃないんだけどね。ポータルストーンを持たないで村を出ることは推奨されていないっていうか……」
「そりゃあそうだろ。使えば死にかけていても瞬時に村に戻れる神秘の品だ。持たずに村を出る利点なんて何ひとつ無いだろうよ」
呆れたようにトリスが声を上げる。言われてみれば確かに超が付くほど便利アイテムだ。冒険者なんて仕事をしていたら、なおさらその重要度は高まることだろう。
問題はどのくらいで作り上げることが出来るかなんだけど……。その疑問はエステルの口から解き明かされた。
「そうだよ! ボクだって早く村から出て冒険者になりたいのに、ポータルストーンを十年もかけて作り上げてる最中なんだからね」
「十年!?」
「うん。ボクは魔法を使うのが不得意だから、ちょっと遅い方なんだ。でもセリーヌですら三年くらいかかったって前に言ってたよね?」
「あー、うん、そうね~。前に作った時はそれくらいかかったわね。だからとりあえずマルクたちを町に戻したら、村に戻ってしばらくはゆっくりとしているつもりよ」
「いや、コイツのことだ。面倒くさくなって、結局村に戻ってこねえかもしれないぞ」
トリスが胡散臭そうにセリーヌを見つめると、セリーヌが心外だと言わんばかりに腰に手をやり胸を張る。
「私だってポータルストーンが便利なのはわかってるわよ。きっちりと村に戻ってきて、しばらくおとなしくしてるわ。……マルク、少しの間会えなくなるけれど、私のことを忘れないでね? はい、この話は終わり!」
早口でまくし立てるとパンと手を叩き、強引に話を終わらせた。
「それじゃトリス爺さんお邪魔したわね。帰るわよ、二人とも~」
セリーヌは逃げるように家から出ると、俺たちは渋々それに付き合う。出る間際、トリスが俺に呼びかけた。
「おい、マルク。……少なくともお前たちを返した後、町に滞在させるようなことはさせてくれるなよ。セリーヌの為だ」
俺はトリスの言葉にしっかりと頷く。
「ああ、それと……」
なんだろうか。トリスの真剣な顔に俺はゴクリと喉を鳴らす。
「魔石の山を片付け忘れてるぞ。こんなの置いていかれちゃ、俺はおちおち外にも出られねえ」
「あっ、すいません……」
俺は魔石の山を収納すると、セリーヌの後を追いかけた。
◇◇◇
「さあ、次はどこに行きましょうかね~」
先程のことがなかったかのような呑気な声で、セリーヌが悠々と村の中を歩く。しかし今の俺の心はずっしりと重みのようなものを感じている。
セリーヌは俺たちを守るためにポータルストーンを使い、三年ほどこの村に縛られることになった。
そりゃあこの村はセリーヌの生まれ故郷だし、悪い場所じゃないんだろうけど、冒険者となったセリーヌにとってはあまりにも狭い場所なんじゃないだろうか。
セリーヌだって後悔をしているわけではないのは見ればわかるし、俺がごめんなさいと謝るもの間違っているだろう。偶然バレることが無ければきっとセリーヌは黙っていたに違いない。
せめて俺がセリーヌに何かしてあげられることがあればいいんだけど、今は何も思いつかない。
「……うーん、一旦家に帰りたいかな」
「うん? そういえばそろそろお昼ね。家で昼食でも食べましょうか。エステルも一緒に食べましょうね~」
こういう時は報告連絡相談だ。ニコラに話してみよう。
◇◇◇
家に帰りセリーヌがエクレインを起こすと「なんだかスライムに全身を食べられる夢を見たわあ」と言いながら、ツヤツヤしたニコラと共に寝室から歩いて来た。きっとそれはニコラが何かやらかしたせいだと思います。
朝の物々交換で貰ってきた食べ物を適当にテーブルに広げ、昼食が始まる。するとすぐにニコラから念話が届いた。
『お兄ちゃん、なんだか浮かない顔してますね。エステルへのセクハラなら細心の注意を払わないといけないと、忠告したと思うんですが?』
『実はニコラに相談があるんだけど――』
俺はニコラの軽口をスルーしながら事情を説明した。
『――なるほど。三年なんてハーフエルフからすればそれほど長いものじゃないかもしれませんが、私としても三年もセリーヌと離れるのはまっぴら御免です。……確かにこれは何か考えたほうがよさそうですね』
『ニコラは何かいい案は思いつかない?』
『……とりあえずポータルクリスタルを見に行きませんか? アレは私がざっくり仕入れた知識の中にはない存在ですけれど、詳しく調べれば何か打開策が見つかるかもしれません』
確かに今はそれしかなさそうだ。
『そうだね。そうしようか』
とりあえずの方針が決まったことで、少し胸のつかえも取れた気がする。俺はカゴの中の白パンを掴み食事を開始した。
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