178 ポータルストーン
「それじゃあボクは帰るね! 今日は楽しかったよ、またね~!」
元気に手を振り、三つ編みを束ねた花飾りを揺らしながらエステルが帰っていった。どうやらこれから鍛錬に向かうらしい。
エステルを見送った後、パタンと家の扉を閉めたセリーヌが俺たちに振り返る。
「さてと、これから何をしましょうか。って言っても、森ばっかりで観光しがいの無い村だけどね。なにか希望はあるかしらん?」
「それならもう一度ポータルクリスタルを見に行きたいな」
間髪入れずに答えた俺を見て、セリーヌは少し困ったように眉を下げると腰を落として目線を合わせた。
「マルク~。もしかして、さっきのことを気にしてるの? 私にとって三年なんてあっと言う間だし、気にしないでいいのよ? それとも寂しいって思ってくれてるのかしら? ……あらあら、それなら三年後の再会でようやく私の魅力に気づいたマルクが私に惚れちゃうって展開もありうるのかしらね~。うふふふふ」
冗談めいた口調で俺の頭を撫でるが、俺としてもポータルクリスタルの見学は外せない。ここはしっかりお願いしておこう。
「僕は今でもセリーヌは美人ですごくてやさしいって思ってるけど。それとは別にあんな立派な水晶、もう一度くらいは見ておきたいよ」
「……えっ、そ、そう? なによ、嬉しいこと言ってくれるじゃない! よーし、それじゃあポータルクリスタルを見に行きましょっか!」
「ニコラも見に行きたーい!」
セリーヌは気遣わしげな顔を一転させ、若干ニヤけながら立ち上がると俺たちの手を掴んだ。チョロいなと思わなくもないが、嘘を言ってるわけでもないし構わないだろう。
「それじゃあ母さん、留守番お願いね~」
「ふぁーい……」
部屋の片隅でグプルの実を酒に加工しながら、たまにつまみ飲みしているエクレインを放置して俺たちはポータルクリスタルの元へと出発した。
◇◇◇
そしてポータルクリスタルの前に到着したわけだが、そこには先客がいた。
エルフ族伝統の緑色の装束に身を包んだイケメンハーフエルフのディールだ。どうやらまたしても彼の見回りとかち合ったらしい。ディールは俺たちに目をやると、フンと鼻で笑った。
「セリーヌ、さっそくポータルストーンを作りに来たのか。たしかお前はポータルストーンを作るのに三年ほどかかるのだったな? しかし三年もあれば、次こそこの俺が開拓を進めるシュルトリアの素晴らしさに気付くことになるだろう……。そして心を改めて永住する気になったなら、いつでも俺の元へと訪ねてこい。お前一人くらい俺が養ってやろう! ハーッハッハッハ!」
一息で言いたいことを言い切った後、ディールは上機嫌で俺たちの前から去っていった。昨日は勝手に俺たちをセリーヌの子供と勘違いしてショックを受けていたけれど、どうやら誤解は解かれたらしい。それにしても……。
「ねぇセリーヌ、なんかプロポーズされてない?」
「昔っから上から目線で突っかかってきてはあんな感じよ。ラックの弟はこじらせる前に矯正されて良かったわね」
セリーヌは呆れ顔で答えると、話は終わりとばかりにポータルクリスタルに近づいた。
ポータルクリスタルは夕暮れ前の昨日以上に燦々と降りそそぐ日の光を浴びて眩しく輝き、神秘的で鮮やかな光を周辺に振りまいている。
昨日ニコラが言っていたが、ポータルクリスタルには様々な属性のマナが内包されているそうだ。それがこの複雑な色模様を生み出しているのだろう。
しばらくポータルクリスタルの美しさに目を奪われていたが、今回の目的はただの見学ではない。俺は意を決してセリーヌに声をかけた。
「セリーヌ、ポータルストーンってどうやって作るの? 教えて欲しいな」
「ん? そうねえ。それじゃあ付いてきなさい~」
セリーヌはポータルクリスタルの周辺をぐるっと歩き始め、何かを見つけて足を止めると水晶の枝を指し示した。
「ほら、あの水晶の枝を見て。少し緑がかった石が実みたいに枝に垂れ下がっているでしょう? あれはエステルがマナを与えてる最中のポータルストーンなのよ」
「マナを与えて石の実を作るの?」
「そうよ。十分にマナが集まると自然に実が落ちるの。そしてそれが自分にしか使えないポータルストーンとなるのよん」
「セリーヌお姉ちゃん、どうしてあの実は緑色をしてるの?」
ニコラが石の実をじっと見つめながら尋ねる。
「それはね、エステルが一番得意な風属性のマナを与えて作っているからよ。例えば私なら火属性のマナを与えて作るから、少し赤みがかったポータルストーンになるわけ」
「へー、すごいね!」
『なるほど、ポータルクリスタルが複数の属性を内包しているのは、ポータルストーンを作っていく過程で村人の様々なマナを受け取った結果みたいですね。元々はマナの影響を非常に受けやすく、それでいて柔軟に受け止めることが出来る特殊な魔石だったのかもしれませんね』
ニコラが感心したように念話で伝えた後、甘えた声でセリーヌに寄り添う。
「ニコラ、セリーヌお姉ちゃんが作ってるところも見たいな~」
「あっ、僕も見たい!」
「うーん、あんたたちをご両親の元に返してからゆっくりやろうと思ってたんだけど……。疲れるから少しだけならいいわよ~」
「やったー!」
二人で声を合わせ喜びを伝える。これで何かがわかればいいんだが。
すぐにセリーヌはポータルクリスタルに幹とも言える部分に手をあてた。
「私は火属性が得意だから、こうやって火属性のマナを……」
セリーヌの手から赤色のモヤがじわじわと湧き出てきた。火属性のマナだ。それはセリーヌの手のひらを覆いつくし、やがてじわじわと幹を伝い上へと向かっていくと、そこにある水晶の枝が少し赤みを帯びたように変化し始めた。こうしてマナをポータルクリスタルに与えるのだろう。
そしてそれを一分ほど続けたところでセリーヌが手を離した。さすがに短時間だけあって、疲れた様子も無いようだ。
「っと、こんな感じね」
「普通はどれくらいの時間マナを与えるの?」
「前は毎朝少し遅めにここに来て、それからお昼までマナに与えるのを日課にして三年かかったわ。と言っても前に作った時よりも多少は魔力も上がってるだろうし、今回は私ももっと頑張っちゃうから、早めに戻ってこれると思うわよ~」
俺たちを不安にさせないためなのか、セリーヌは気軽な調子で答える。するとニコラから念話が届いた。
『お兄ちゃん、これは何とかなるかもしれませんよ。お兄ちゃんのバカみたいに多い魔力が活躍しそうです』
『ん? ってことは、俺がセリーヌに魔力を供給する……みたいな?』
『珍しく勘がいいですね、その通りです。そしてその方法ですが……。おおっと、エロゲみたいな魔力供給じゃありませんよ! エロゲみたいな! あー残念! 残念でしたねお兄ちゃん!』
いや、別に俺そんなの想像してなかったからね。
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