176 体育会系
「なんだ、要らないのか? 近所のガキ共には人気の魔道具なんだがなあ。……まぁ後で親が怒鳴り込んで来ることもあるんだけどよ」
トリスが未練がましく眼鏡を見つめながら呟く。ニコラがいたらなんとしてでも俺に買わせたかもしれない。ニコラが家で本当に助かった。
「おい小僧。それじゃあこの
筒を手で転がしながらセールストークを続けるトリスにセリーヌが口を挟む。
「ああ、この子はかなり普通じゃない子でね。その魔道具よりすごいのを簡単にやっちゃうのよ」
それを聞いたトリスは自分の眼鏡を押し上げると、興味深そうに俺をじっと見つめた。
「フン、口から出任せを……と言いたいところだが、セリーヌがここまで肩入れするのも珍しい。……よし、それじゃあ少し力を見せてみろ。それを見てお前に合った魔道具を俺が選んでやろう」
そう言い捨てて返事を待たず玄関から出ていったトリスの後を追い、俺たちは家の裏側に移動した。足を止めたトリスの横に並ぶと、とても日の光を眩しく感じる。
それもその筈で、家の裏側は周辺の木々が綺麗に伐採され平地になっており、光を遮る木々はまったく存在しない。広さはサッカーコートの半分くらいはあるみたいだ。こんなに広々とした場所はこの村に来て初めて見たな。
「ここが魔道具の実験場だ。おい、エステル」
トリスはエステルにストーンバレットの筒を投げてよこした。
「それであそこにある黒い岩を撃ってみろ。マルクの魔法と比較をするんだからな。遠慮なくやってくれよ」
「はーい。それじゃあいくね……っと」
エステルは筒を構え平地の真ん中に置かれている黒い岩へと向けた。そしてマナを込めると――
筒から飛び出したストーンバレットは見事に岩へと命中し、パカンと軽い音を立てて弾丸が弾け飛んだ。岩には傷一つ無いように見える。それを見てトリスが頷く。
「まぁこんなもんだな。さっきも言ったが森の獣を狩るには十分な威力がある。あの岩が硬すぎるんだ。それじゃあマルク、さっそくだがお前の魔法を見せてもらおうか。
「はい」
返事をした俺はさっそく黒い岩に手を向けて念じる。
「
土属性のマナから作り出された弾丸は、音も無くまっすぐ飛び出し狙い通りに命中する。弾丸は鈍い音を立てて砕けると共に、黒い岩にもヒビが入った。
ほうほう、たしかに普通の岩よりもずっと固いみたいだ。それじゃあコレはどうだろうか? 俺は土魔法で一メートルほどの槍を作り出し、風魔法を纏わせた。
「
槍を手に持ち子供相応の力で岩に向かってぶん投げる。俺の手から離れた槍は風魔法の力を借りて加速していくと黒い岩のド真ん中に深々と刺さり、槍の中程まで埋まったところで動きを止めた。
後は……アレもあったか。
「トリスさん、この庭の後ろって人が住んでますか?」
「……えっ、あ、ああ。ここは村の一番外れだ。誰も住んでないが、それがどうかしたのか?」
「それじゃあ大丈夫かな。最後のヤツいきます」
「
俺はレコード程の大きさの円盤を作り出し、風魔法を纏わせて投げつけた。円盤は岩の上部をスパンッと綺麗に切り取ると、そのまま背後の森の木も数本切り倒して最後は大木に突き刺さる。
そのまま少し様子を見ていると、大木がメキメキと音を立てながら傾いていき、最後は周りの木を巻き込みながら倒れていった。ああ、やっぱりコレは当たった後が怖いな。気をつけて使わないと……。
とりあえず見せられる魔法はこんなところかな?
それにしてもハーレムリザードのエーテルが俺に流入したお陰だろう、昨日までより魔法のノリが良い。
それと最近は危険に怯えながら魔物に向かって撃ち続けたせいだろうか、遊び感覚で動かない
「だいたいこんな感じです」
俺はドヤ顔でトリスに振り返ると、トリスより先に声を上げたのがエステルだ。
「マルクって戦えたんだね! すごいね!」
「ええっと、まぁ遠くから撃つくらいならできるよ」
「それを戦えるって言うんだよ! すごいね! ボクは魔法はからっきしだから尊敬するよ!」
エステルは目を輝かせながら俺の手を掴んでぶんぶんと振り回す。とはいえ防御が全く出来ずに攻撃全振り状態なのに「俺、戦えるんで」とか言っていいのかは疑問だ。俺は愛想笑いを浮かべるだけに留めておいた。
「そうだ! ボクとちょっと練習試合しない? もちろん寸止めするからさ!」
ああっ、やっぱりこうなった! なんとなくそういう気がしていたけど、エステルは体育会系ガールのようだ。さてどうやって断ろうかと思ったところでセリーヌが助け舟を出してくれた。
「こらこらエステル。そっちは寸止めが出来てもマルクの方は無理でしょ? 困らせちゃ駄目よ~」
セリーヌの言葉にエステルがしゅんと俯く。見えない尻尾も垂れ下がっていそうだ。
「あっ、そっかー……。無理言ってごめんね」
「ううん、気にしないで」
俺は愛想笑いを継続しながらつつ手を振る。こういう方々に付き合うと毎日バトル漬けになるのは目に見えてるので、回避できたことにほっと息を吐いた。
「それでトリス爺さん、私ご自慢のマルクの腕前を見たご感想は?」
俺はいつの間にかセリーヌのご自慢にされていたらしい。得意げなセリーヌに問いかけられたトリスは手のひらを額にあてながら天を仰ぐ。
「……ちょっとまて、頭の中を整理する。この小僧、見た目のままの歳なんだよな? 小人族とかじゃあないんだよな?」
「両親ともに普通の人間族よ。この子と妹を取り上げた産婆さんとたまたま食堂で同席して話も聞いたことあるし、間違いないわよ~」
ハーフエルフに出生を疑われるレベルなのは何気にショックなんですけど。セリーヌの言葉を聞いたトリスがバリバリと頭をかく。
「そうか……。しかしこの戦闘力を超える道具となると、俺の手持ちには……」
「うえっ!? いやいや! 違うよ! 別にそういうのじゃなくていいですから! 何か便利な魔道具があったら欲しいなー、くらいです。別に戦闘用の魔道具じゃなくてもいいです!」
そりゃあ攻撃魔法を見せたらそんな話になるよね。いつの間にかバトル路線に突き進んでいたことに俺は戦慄した。危ない危ない、俺はまだ進路を決めるつもりはないのだ。
「そうなのか? 俺はてっきりセリーヌと一緒に冒険者でもやってるのかと思ったんだが。なんだよ、それならそうと先に言ってくれよ。ほら、店に戻るぞ」
トリスは口元をへの字にしながら家へと歩いて行った。……あれ? 結局この見世物って何か意味があったの?
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