175 男の夢

「それなら行ってみたいな」


「決まりね~。エステルが訪ねてきたら出かけましょうか」


 その瞬間、話は聞かせてもらったとばかりに扉が勢いよく開き、エステルが中へと入ってきた。


「こんにちは! 約束通り遊びに来たよ! ……って、えっ? それ魔石だよね?」


「エステルいらっしゃい。これからこの魔石を持ってトリス爺さんの所に行こうと思ってるの。エステルも一緒に行きましょ?」


「セリーヌとお話できるならどこへでも付いて行くよ!」


 テーブルの魔石の山を見て目を丸くしていたエステルはセリーヌからのお誘いに、表情を満面の笑みに変えて即答した。うーむ、ブンブンとしっぽを振ってるのが幻視できそうな勢いだね。


 俺は魔石をアイテムボックスに収納しながらニコラに念話を届ける。


『ニコラー、お前はどうする?』


『エステルと親睦を深めるのも捨てがたいんですけどもにゅっ、今はようやく眠ったエクレインママのお肉で精一杯なのでもにゅ、残念ですけど欠席しますもにゅっもにゅっ。……ああ、お兄ちゃんもにゅ。服が透けて見える眼鏡の魔道具とかあればもにゅっ、全財産売っぱらってでも買ってきてくれるともにゅっ、嬉しいですもにゅにゅにゅ』


『魔道具をなんだと思ってるんだよ……。まぁそれなら留守番よろしく』


 不思議な語尾は気にならないことはないが、知らないほうが良さそうなので全力でスルーした。



 ◇◇◇



 ニコラとエクレインを家に残し、俺たちは魔道具を作っているというトリスの家を目指して出発した。


 今は俺の目の前でセリーヌとエステルが仲良く話をしながら歩いている。ちょっと疎外感がないわけでもないが、エステルにとっては久々の再会だし、ここは快く譲ろう。俺は周辺の景色を楽しむことにした。


 森の中にぽつぽつと家が建っている風景なのは変わらないが、この辺りはメインストリートにでもなっているのか、ある程度は整備されていて歩きやすい。昨日の移動で通ったけもの道とは雲泥の差だ。


 それでもやはり頭上には木々が生い茂っており、木漏れ日の中を歩くのは涼しくて気持ちがよかった。


「あら、マルク。そんなにキョロキョロしてどうしたの? なにか探し物?」


 セリーヌが後ろを向きながら俺に尋ねる。俺は景色を眺めていただけなんだが、どうやら不審な様子に見えたらしい。


「ううん。景色を見ていただけだよ。やっぱりハーフエルフの村って自然を大事にしているんだね。ほら、木も伐採されないでこんなにも残ってるし」


 俺は両手を広げ、この自然を褒め称えた。するとセリーヌとエステルが顔を見合わせ――ぷっと吹き出す。


「ふふっ、違うわよ~。そりゃまあ森に囲まれてるのは好みではあるけど、こんなに木ばっかりじゃ不便で仕方ないわ。単純に整備するのを面倒くさがってるだけよ~」


「ボクが昔エルフの里に住んでたらしい爺ちゃんや婆ちゃんに聞いた話だと、同じ様に森を好むエルフの里ですら、もっと平地がたくさんあったって言ってたよ」


「この村って、冒険に飽きたり伴侶を得てゆっくりしたい人とかが集まって出来た村のせいか、村人は基本的にやる気がないのよね~。この道もディールの主導でなんとか作られたくらいなのよん」


「そ、そうなんだ……」


 ちょっとドヤ顔で自然を褒めたのが恥ずかしい……。それにしても緑の民族衣装に身を包んだ、保守派にしか見えないディールが開拓を振興しているのは意外だな。エルフの里程度には拓けて欲しいと思っているのかもしれない。


「まともに整備されているのは、この道と物々交換に集まる広場くらいかしら? 後はみんな自分が必要になったら好き勝手にやってるわね~」


 意外にのんびりとした民族性なんだなハーフエルフ。ここにきて最初に見たのが、いかにもエルフ然としたディールだったのでそっちでイメージ固まっていたものがガラガラと崩れていく。


「――っと、着いたわよ」


 セリーヌが足を止めた先にあるのは、少し拓けた場所にあるこぢんまりとした木造の家だ。


 家の周辺はしっかりと伐採されている。さっき聞いたハーフエルフの気質からすると、少し珍しい几帳面なタイプなのかもしれない。まぁそうでないと魔道具なんか作ってられないのかな。


 セリーヌは扉をノックをし、返事を待たずに中に入って行った。


「トリス爺さん、お久しぶり~」


 中にいたのは眼鏡を掛けた痩躯の男。ボサボサの黒髪から見える耳は丸く、人間族の特徴がよく出ているようだ。しかし爺さんと呼ばれているが四十代くらいにしか見えない。


「なんだセリーヌか。俺を爺さんと呼ぶなと言っとるだろうが。俺は生涯現役だ」


「長老の一人がなに言ってるのよ」


 トリスはフンとそっぽを向いた後、俺の方へと視線を向けた。鋭い視線に俺は思わずペコリとお辞儀をする。


「広場で噂になっていた、セリーヌが連れてきた子供というのはこいつか」


「そうよお。私の子供だって誤解してた人が多くて、誤解を解くのにずいぶんと苦労したんだからね~」


「フン、もう子供がいてもおかしくない歳だろう? 思われて当然の結果だ。……それで今日は何用だ?」


「マルク、見せてあげて」


 セリーヌに促され、近くにあったテーブルに持っている魔石を全部出して見せる。それを見たトリスは魔石をじっと見つめた後、からかうようにセリーヌに問いかけた。


「ほお? どこぞの金持ちのボンボンを誘惑して連れてきたのか? しかもアイテムボックス付きの」


「誘惑に乗ってくれる子ならうれしいんだけどね~。残念ながら今回村に来たのは成り行きよ。それとこの魔石はこの子が自分の才覚で取ってきたものよ。そこは間違えないでちょうだいね」


「お前が見込んだ子供ということか? ガキとはいえ『男嫌いのセリーヌ』が珍しいこともあるもんだな。それで? この魔石をどうしたいんだ?」


「とか言いながら、さっきから物欲しそうな目でじっと魔石を見てるじゃない。魔石が足りてないんでしょ?」


「おうとも。行商とは取引をしているんだが、相変わらず数が少なくてな。すぐに無くなってしまうから、毎日暇で暇でしょうがないんだよ。この魔石を俺に融通してくれるのか?」


「ええ、トリス爺さんの持ってる魔道具で、この子が気にいる物があったなら、それと交換してあげてほしいの」


 それを聞いたトリスはニヤリと口元を歪めると、俺の方へと近づいてきた。


「ほう、面白いじゃないか。それじゃあさっそく俺の作った魔道具を見てもらおうか。マルクと言ったな? どうだ、どれが欲しい?」


「ええっと……」


 さほど大きくない部屋の壁際に並んだ棚にはぎっしりと魔道具らしきものが並べられていた。中には俺も見たことのあるコンロの魔道具や物を冷やす魔道具もあったが、いくつか俺が見たことのない物も置かれている。


 俺は棚の中にある一見普通の包丁に見えるものを指差す。


「トリスさん。この包丁も魔道具なんですよね?」


「勿論。これはマナを込めると切れ味が増す包丁だ。魚も骨ごとスッパスパだぞ」


 ああ、自前でできるやつだ。


「じゃあこれは?」


 次に俺はトイレットペーパーの芯のような筒を指差して見せる。


「これはマナを込めると石弾ストーンバレットが飛び出す筒だ。獣くらいなら当たれば一撃で仕留められるぞ」


 うーん……。やっぱり魔道具って俺には不要な気がしてきた。


「なんだ小僧、不服なのか? ……ふむ、それならとっておきを見せてやるか」


 トリスは棚から眼鏡を取り出す。これも魔道具なんだろう。


「掛けてみろ」


 言われたとおりに眼鏡を装着する。なんの変哲もないガラスの入った眼鏡だ。するとトリスが俺の肩を持ち、無理やりセリーヌとエステルの方へを体を向けさせた。途端にセリーヌとエステルが呆れたような顔を見せる。


「マナを込めてみろ」


 マナを込めてみる。すると――


 セリーヌとエステルの体が急に裸になった!?


「えっ、ちょっとこれって!」


 俺は慌ててトリスを見上げる。うわっ、トリスまで裸になってるし。……ん? あれ?


 ――あー……。これはよく見ると、服を着ている部分が肌色になっているだけだ。


「これは光属性のマナの力を使って、服装部分を皮膚と同じ色に変えて見せる魔道具だ。ガキのおもちゃには丁度いいだろう?」


 トリスは俺を見ながらニヤニヤと笑い、セリーヌやエステルも知っていたのだろう、呆れた顔のままトリスを見つめている。


「これなら安くしといてやるよ。お一つどうだ?」


 うーん。ニコラのリクエストに近しいものではあるんだが、さすがにこの場でこれを貰うと、俺の中のいろんなものが崩れてしまいそうだ。


「いえ、結構です」


 俺は眼鏡を外すと、そっと棚の中に戻した。

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