172 シュルトリアの朝

 翌朝目覚めると、俺の隣にセリーヌの姿はなかった。未だスピスピと寝ているニコラを起こさないようにこっそりと起きあがり、隣の部屋も覗いてみたがエクレインもいない。


 どうやら二人は俺たちを置いてどこかに出かけたようだ。窓から外を覗いても時間はわからないが、いつも起きる時間よりも少し寝坊しているような気がする。思っていた以上に体が疲れていたんだろう。


 とりあえず家の外に出て顔を洗い体をほぐしていると、セリーヌとエクレインがこちらに向かって歩いてきている姿が目に入った。二人ともつるで編んだカゴを持ち、そのカゴの中にはなにやらたくさんの品々が詰め込まれている。


「あら、おはようマルク。まだ寝ていても良かったのよ?」


「ううん、十分寝られたからもういいよ。それよりもどこ行ってたの?」


「朝は村人が広場に集まって物々交換する時間なのよね。それで母さんを連れて色々と交換してきたのよ」


 そう言って二人はカゴの中身を俺に見せてくれた。セリーヌの持つカゴには白いパンや肉に野菜といった食料全般、エクレインのカゴには布や木の食器なんかが入っているようだ。


「昨日はマルクが出した食器を使ってたから気づかなかったんだけど、母さんってば自分しか使わないからって、使ってない食器を殆ど物々交換に出してたのよ~」


「うう~、使う時にまた交換したらいいだけじゃない~。それより母さんまだ眠たいのよお。安らかな二度寝をさせてちょうだい~」


 長い耳をへんにょりと下げながらエクレインが情けない声を上げた。やっぱり気分が落ちると耳も下がるのかな。


「ほらほら、母さんしっかりしてよね。いい歳してみっともない。朝食の準備でもしてれば目も覚めるわよ~」


「外に出かけて戻ってきてもまだ眠いのに、それで目が覚めるとは思えないんだけどお。ねぇ~、私朝食いらないから寝てていい?」


 エクレインはらしいが、傍から見ると姉妹にしか見えないな。比べるとセリーヌの方が若く見えるので、エクレインが駄目な姉というポジションになるけれど。セリーヌはため息をつくと、


「はぁ、朝食を食べた後ならいいわよ。後から起き出してお腹空いたって言われても面倒くさいし」


「やったあ。それなら早く朝食を食べましょうねえ」


 早く寝るために朝食を食べるってのはおかしい気がするけど、気にしないでおこう。そもそもセリーヌだってウチで泊まってるときは規則正しい生活してるとは言えない人だしな。


 朝早くから仕事に出かけることもあれば、逆に昼まで寝てることや、昼から酒を飲んでることだってある。まぁ冒険者稼業が就業時間を選ばないってことなのかもしれないけど、ここに戻ってくるとしっかり者の娘を装うってのが少し面白い。


「なによ……?」


 俺の視線に気づいたセリーヌがじっとりとした目を向けた。


「い、いや、別に?」


 さすがセリーヌ、勘が鋭いな。しらばっくれた後も視線を外さないセリーヌに、どうしたものかと考えていると、


「なにやってるの? 早くお家に入りましょうよ~」


 エクレインが耳をピョンと上げながら、さっさと家の中へと入っていった。やっぱり耳と気分は連動してるみたいだ。


「ほら、早く行こ?」


「はいはい、わかったわよ~」


 セリーヌが肩をすくめてくるりと背中を向けた。どうやらエクレインのおかげで追求を免れたようだ。ありがとうエクレイン。夕食にはお酒に合うおかずを一つ多めに提供するね。



 ◇◇◇



 その後ニコラを起こし、四人でテーブルを囲んで朝食をいただいた。メニューはシンプルに白パンと野菜スープだ。


 どちらも村人が作ったものをグプル酒と交換してきたものらしい。白パンは普段食べているものより柔らかくてふわふわとしていた。作り方が違うのかな? お土産に持って帰りたいね。


 腹ごしらえをして一息つくと、エクレインがスッと椅子から立ち上がる。


「それじゃあ私は二度寝するわねえ」


 そう言って立ち去ろうとしたところで、ニコラがエクレインの手をぎゅっと握り甘えるように寄り添う。


「エクレインママー、ニコラも一緒に寝てもいい?」


「あらー! もちろんいいわよお。一緒に寝ましょうねえ」


 エクレインはニコラの手を握り返すと、二人はルンルンと軽い足取りで寝室へと向かった。ニコラの空いた手の指先がもにゅもにゅと何かをつまむような仕草を繰り返していたけれど、俺は何も見なかったことにした。



 二人を見送った後、セリーヌに昨日の件を再びお願いする。


「セリーヌ、共鳴石を貸してくれる? 今からデリカに連絡するよ」


「わかったわ。それと共鳴石はしばらくあんたが持ってていいわよ」


 セリーヌが胸元から共鳴石を取り出し、ゴトリとテーブルの上に置いた。どう考えても胸元に入りきれる大きさじゃないんだよな。


「持ってていいの?」


「ええ、どうせこの距離なら私には使えないしね~」


「ありがとう、それじゃ今からやるね」


 苦笑するセリーヌに感謝を伝えると、さっそく共鳴石に風属性のマナを込めた。マナが吸われる早さは昨日と変わらないとは思うが、……うん、昨日に比べるとそれほど頭がボンヤリすることもない。


 昨日は巣の中で魔力を消費していたし、色々あって疲れていたからだろう。今は気力体力魔力すべて満タンだ。それじゃあさっそくデリカに呼びかけてみよう。

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