163 ポータルクリスタル

 目が灼かれるほどの眩しさにギュッと瞼を閉じた。


 直後に何か全身を引っ張られるような感覚に包まれる。地面の感覚が無くなり、エレベーターで下に降りる時の様な浮遊感――アレを上下左右すべてから感じているような不思議な感覚だ。とても気持ちが悪い。



 ――しばらくすると地面の感覚が戻ってきた。瞼の裏で光が収まったのも感じたので、セリーヌにしがみついたまま恐る恐る目を開けてみる。


 目前に、大きな水晶がそびえ立っているのが見えた。大人の背丈よりもずっと高い水晶は、その本体から細長い水晶が枝分かれをするようにあちらこちらからに生やしている。まるで水晶の大木といった様相だ。


 水晶はただ透明なだけでなく、薄っすらと様々な色が付いており、日の光を反射させながら複雑な光彩を周辺に振りまいていた。


「はい、お疲れ様。着いたわよ~」


 しばらく呆然と水晶の大木を眺めていたが、セリーヌの声にはっと我に返る。


「セリーヌ、ここは……?」


「ここは私の生まれ故郷、シュルトリアよ」


 ずっと腰にしがみついていた腕を解き、辺りを見渡す。どうやらここは森の中にぽっかりと開けた広場のようだ。水晶の大木を中心に草地が広がり、それを囲うように木々が生い茂っている。近くには川でも流れているのだろうか、ひんやりとした風が心地よい。さっきまでは息苦しい巣穴の中でいたのでなおさらだ。


 それにしても……、これってやっぱり転移魔法なのかな。こういう便利な魔法があることは知らなかった。


 ふいにセリーヌは何かをポイっと投げ捨てた。マナを込めていた水晶だろうか。それは地面に落ちると風に乗ってサラサラと白い粉になって崩れた。


「それは何だったの?」


「これはポータルストーンと言って、そこにあるポータルクリスタルから取った物よ」


 セリーヌは水晶の大木を指差した。どうやらあれはポータルクリスタルという名前らしい。するとニコラがとたとたとポータルクリスタルに近づき、その周辺をきょろきょろと窺いながら感嘆の声を上げた。


「わー。きれいだねー!」


 傍目には無邪気に見ている様子だが、興味深げな声で俺に念話が届く。


『ほうほうほう、これはマナの結晶体のようですね。色合いがあちこちで微妙に違うのは、様々な属性を内包してる影響ですかね』


『魔石とは違うの?』


『それとはまた別種ですね。……もしかしたら元々は魔石の一種だったのかもしれませんけど、人の手で加工されているのは間違いありません』


「ポータルクリスタルから取れたポータルストーンにマナを込めるとね、この場所に戻ってこれるのよん」


 セリーヌの声に念話を止めて振り返った。セリーヌは手に腰を当てポータルクリスタルを見上げている。


 株分けしたものにマナを与えたら親株のところに戻る……みたいな理屈なんだろうか。なんにせよ、やっぱりすごいな異世界。


「そうなんだ、すごく便利だね」


「うーん。まぁ便利は便利なんだけどね……」


 頬をかきながら言葉を濁したセリーヌ。何か使い勝手の悪いところでもあるんだろうか。


「それよりさっさと移動しましょ。ここであまり人に会いたくないのよね~」


 セリーヌは俺とニコラの手を掴むとせわしなく移動を開始した。生まれ故郷だっていうのに、なんだか妙にコソコソとしているな。


 しかし数歩踏み出したところで、あっさりと人と出くわすことになった。


「おいっ、そこにいるのは誰だ!」


 長身痩躯に長髪の金髪。しかもやたらと顔の整った二十代くらいの男が、俺たちの進路を塞ぐように立つと大きく声を上げた。


 よく見るとその耳は髪の毛から飛び出すほどに尖っていて長い。ドワーフに続いて実物を初めて見た。この人はきっとエルフだ。


「うげっ、ディール……。よりにもよってコイツに会うなんてね」


「おお、その趣味の悪い服装、よく見るまでもなくセリーヌではないか。随分と久しぶりだな」


 ディールとやらがセリーヌの黒のドレスを見ながらニヤリと口を端を曲げる。しかしセリーヌも黙っちゃいなかった。


「ふん、あんたみたいに年がら年中、緑色の服を着ている男に言われたくないわね」


「ハッ、これは村の伝統的の装束だ。お前にとやかく言われるいわれはない。それでどうした? 久々に村に来たと思えば、ポータルストーンを使っての帰還とは。もしかして冒険者稼業で命からがら逃げ帰って――い、いや、それよりも、なんだその子供たちは!? まさかお前……」


 ようやく俺たちに気づいたらしい。ディールが俺たちを見て愕然と目を見開く。


「あんたには関係ないでしょ? それより私は実家に戻りたいの。そこをどいてくれるかしら~?」


「まっ、待て! ポータルストーンを使って村によそ者を入れることはおきてで禁じられている。それを知らないお前ではないだろう? どういうつもりだ!」


「掟って言っても罰則も何もないものでしょ。それにポータルストーンを使わなきゃヘタすりゃ生き埋めになってたかもしれないの。私は二人の保護者なんだから、この子たちの安全を第一に考えるのは当たり前のことよ」


「ほ、ほほ保護者!?」


 ディールは長い耳までピンと立て、声を裏返させた。まぁ今は保護者で間違いない。あの驚き様を見るからに、あちらはそれ以上の意味で取っていそうだけど。


「……まぁ、掟を破ったことについては謝るわ。悪意のある人物をいきなり村の中に入れたら困ることくらい、私にだってわかるからね。でもこの子たちの身柄は私が保証するから、今回は勘弁してよね~」


 セリーヌは面倒くさそうに言い放つとディールの横を通り過ぎ、森を中を進み始めた。手を繋がれてる俺たちも必然的に歩を進める。


 俺は後ろを向き、立ち尽くすディールを横目に尋ねる。


「ねえ、あのディールって人はエルフだよね?」


「正確には、ハーフエルフよ」


 エルフと混血ということか。教会学校で読んだ本にはハーフエルフについては書かれていなかったな。


「ふーん、そうなんだ。ハーフエルフを見たのは初めてだよ」


「うん? なに言ってるのよ。最近は毎日見てるでしょ~?」


「え?」


「ハーフエルフは耳が尖ってる人と人間族と変わらない耳の人もいるわ。……そして私もハーフエルフなのよ」


 セリーヌはそう言うと、いたずらが成功したような顔でウインクをした。



――後書き――


 ここから新天地でのお話です。「この先も読みたい!」と思ってくださる方は、表紙ページから☆☆☆でレビューをしていただけるとすごく励みになります。どうかよろしくお願いします!

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