162 ハーレムの長
すぐさまセリーヌが俺たち二人を抱え、風魔法でゆっくりと落下してくれたお陰で土砂に巻き込まれることはなかった。
ふわりと着地した後に上を見てみると、俺たちの落ちてきたと思われる穴がぽっかりと空いている。どうやら真下に作られていた部屋へと落っこちてしまったようだ。岩を食べる魔物だけあって、その巣穴は横だけではなく縦にも広がっているのだろう。
遅れて付いてきた光球が周囲を照らす。
「うわっ」
思わず驚きの声をあげてしまった。ここは小部屋になっているようだが、その壁面にはテレビで見たことのあるダチョウの卵くらいの大きさの卵が、一つづつ丁寧に横並びで置かれている。どうやらここはストーンリザードの卵保管部屋のようだ。
そしてその部屋の中央には、他のストーンリザードと大きさは変わらないが色が全く違う、濃い青色をしたトカゲがじっとこちらを睨んでいる。
あれがマザー三体のハーレムを囲っていたってオスの個体なのかな? ハーレムリザードとでも名付けておこう。
ハーレムリザードは俺たちと目が合うと、怒りを露わにするように両手両足をバタつかせ、口を大きく広げた。
「グェーーーー!」
巣全体に響き渡るような大音量でハーレムリザードが雄叫びを上げる。
すると突然、さっき地面が崩落した時よりもずっと激しい振動を全身で感じる。えっ、なんだかすごくヤバいんじゃないの?
「セリーヌ、これってどういうこと!?」
「どうやら奥さんたちがやられて、自棄っぱちになったみたいね。巣の中にいる手下に命令して巣ごと心中しようとしてるんじゃないかしら?」
セリーヌがハーレムリザードを見据えながら落ち着いた口調で答えた。
心中って。そして手下もそれに従うらしい。ハーレムの長だし、カリスマ的なものがあるんだろうか。
ちなみに俺が魔物の生態に驚いている間も、ニコラは落下してきたままの体勢を維持してセリーヌの腰にしがみついたままだ。怖がる振りをして尻に顔を埋めている。何度も言うが公然とセクハラ出来るチャンスを見逃す奴ではない。
もしかして本気でビビってるのって俺だけ? いや、巣が崩壊しそうでヤバいシーンだよね? ビビって当たり前だよね?
ふいにパラパラと天井から砂が落ちてきた。頭に落ちた砂を払いながらセリーヌを見ると、じっと俺を見ていたらしいセリーヌと目が合った。
――ああ、そうだ。セリーヌは手を出さないと言っていた。俺がやらないと。
「
手足をバタつかせ続けるハーレムリザードに
どうやら強さは普通のストーンリザードと特に変わらないようだ。こんな狭い部屋で本格的な戦闘にならなかったことに胸を撫で下ろす。
するとマザーを倒したときには特に感じなかったエーテルの流入を自分の体に感じた。エーテルはどんな魔物を倒しても流入してくるみたいだけど、ヌシの時のように体感できるとなると結構な量だと思う。
エーテルは魔物の個体の強さだけでは大きさは決まらないのだろうか? まぁ確かにあのマザーを三匹もお嫁さんにしたんだから、そういう意味では大した魔物なんだろうけど。
とりあえずハーレムリザードをアイテムボックスに入れておく。
《ハーレムリザード 魔石入り》
大物のようだし、魔石は少なくとも自前の物はあるだろう。それにしても名前がハーレムリザードなのは、俺が適当にそう決めたからのような気がする。後で正式名称を知ったらまた変わりそうだ。
アイテムボックス鑑定のこの辺の適当なサジ加減は一体なんなんだろう。まぁ肝心なところでは外さないと信用しているけどね。なんと言っても
と、それは置いといてだ。ハーレムリザードを倒しても巣の振動は止まらない。
「お、おい! これどうするんだ!?」
頭上から振ってきた声に上を見上げると、ウェイケルたちが焦った様子で穴から俺たちを覗き込んでいた。
「私たちは私たちでなんとかするから、あんたたちは今すぐ引き返しなさい! ここはもう危ないわ!」
「お、おう、わかった。任せるからな!」
そう言い放つとウェイケルたちはすぐさま頭上から姿を消した。この辺の判断の早さはさすが冒険者だね。
セリーヌはウェイケルたちが立ち去ったのを確認すると、腕を組みながら俺とニコラに話しかける。
「ここはマザーが三匹いたこともあって子沢山で、巣自体が食べられすぎて既にボロボロのようね。おそらく長くは保たないと思うわ。……マルクは風魔法で私たちを上層まで運んだり出来そう?」
「さすがに無理だと思う。天井にぶつかって大怪我しちゃうよ」
そういう微妙な力加減は今すぐには無理だ。いつかはやってみたいとは思うけれど。
「わかったわ。それならこのまま出口を目指して走り回るより、安全に脱出できる方法があるんだけど、その方法でいいかしら? 帰る日程が少し伸びちゃうんだけど」
「もちろんいいよ」
「うん、いいよ!」
俺たち兄妹はもちろんそれを承諾する。何をやるかは知らないけれど、安全に帰れるならそっちのほうがいいし、なによりセリーヌを全面的に信じている。
「それじゃあ待ってなさい。……里帰りも久しぶりね」
セリーヌが胸元から何やら水晶を取り出しながら呟いた。……里帰り?
「二人とも、私の腰にしがみついてね~」
「はーい」と言いながら、ニコラはもともとしがみついていたのを更に強めるように顔に尻を押し付ける。それを見ながら俺は横からセリーヌの腰にしがみついた。
『あれ? 前からガバっていかないんですか?』
『いや普通は横だろ。お前も』
そんなことを言い合ってる間に、セリーヌの持っている水晶が輝き始めた。セリーヌが水晶にマナを流し込んでいるようだ。
数十秒、そんな状態が続いただろうか。突然、水晶から昼と見間違うような光が発せられると――
「――
セリーヌの声が聞こえ、俺の視界は白一色に塗りつぶされた。
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