164 シュルトリア
「えっ!? セリーヌってハーフエルフだったの?」
「そうよ~。私は耳が丸い方のね。エルフ族と人間族の混血がどちらに似るかは半々くらいなのよん。エルフの血が薄まるにつれてエルフの特徴は出にくくなっていくって言われてるけど、先祖返りとかもあるし一概には言えないのよね~」
両手の塞がっているセリーヌが首を傾けて俺に耳を見せる。艷やかな暗赤色の髪からちらりと見えた耳はたしかに丸かった。
「エルフって長寿な種族なんだよね? ハーフエルフはどうなの?」
「エルフほどじゃないけれど、長寿なのは間違いないでしょうね~。個人差はあるけれど、年老いても顔つきが若い頃から全く変わらないなんて人も珍しくはないわ」
「えっ、それじゃあセリーヌの年齢って――」
セリーヌが俺を目を見てにっこりと微笑むと、突然俺の周囲の気温がぐっと下がり謎の圧力を感じた。しまった、これは地雷だ。俺は好奇心が先立って聞いてはいけないことを聞いてしまったらしい。
「なんでもないです」
「あら、そう~?」
謎の圧力がフッと霧散する。するとニコラが俺をドヤ顔で見つめながら念話を送ってきた。
『ふふん、未熟者ですねえ。ちなみに私はセリーヌがハーフエルフなことには気づいてましたよ』
『そうなの? もしかして気づいてないの俺だけってことは……』
仮にそうだとすれば、ちょっと恥ずかしいかもしれない。
『さすがにそんなことはないと思いますけど、長く付き合っていけばなんとなく気づく人もいるんじゃないですか? 勘の良いウチのママなら気づいているかもしれませんし、ギルドの受付嬢のリザなんかは職業柄、個人情報として知っているかもしれませんね』
そんなもんだよね。俺だけじゃなくてほっとした。俺が安堵の息を吐くと、ニコラはセリーヌと繋いだ手を両手で掴みながらセリーヌを見上げる。
「セリーヌお姉ちゃんが何歳でも、ニコラはセリーヌお姉ちゃんのことが大好きだよ!」
笑顔でそう言って手を離すと、ぎゅっと腰にしがみついた。
『このお尻もお胸もこれからずーっと張りのあるままだなんて、本当に素敵です。はぁ~、クンカクンカ』
念話が聞こえなければ、ちょっといい話だったかもしれない。
「あら、ありがとねニコラちゃん。……それで~、マルクは私がハーフエルフでも好きなの~?」
セリーヌが窺うように俺を見つめた。
「んー、最初は驚いたけど、セリーヌはセリーヌだし、どっちでも関係ないかな」
俺の素直な気持ちだ。するとセリーヌはニヤ~っと笑い、空いた片手で俺のほっぺをふにふにと掴む。
「なによう、そっけないわね~! そういうことを聞いてるんじゃなくて、好きかどうかって聞いてるのよ~?」
くっ、誤魔化されなかったか。
「ふぉ、ほっぺ掴むのやめてよ、セリーヌ」
「じゃあどう思ってるか言いなさ~い」
セリーヌは俺のほっぺをふにふにするのを止めない。そりゃあセリーヌのことは好きだけれど、そういうのを口にするのってすごく照れくさいんだけどなあ。しかし言うまで俺のほっぺの蹂躙は止まりそうにない。
「好きだよ! 僕もセリーヌのこと好き!」
半ばやけくそ気味に思い切って声に出した。するとセリーヌは満面の笑みを浮かべ、
「うふふ、私もマルクが大好きよ~」
ほっぺを掴んでいた手で俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。……すごく嬉しそうだし、言ってよかったかな。
『――これは、おねショタ来ちゃいます?』
『そういうのじゃないからね』
ニコラはセリーヌに抱きついたままで肩をすくめた。器用だな。
◇◇◇
とても上機嫌になったセリーヌが、繋いだ手をぶんぶん振りながら森の中を進む。けもの道を歩きながら簡単にこの村のことを教えてもらった。
ここはセリーヌの生まれ故郷、シュルトリア。ファティアの町と一応は同じ領内らしい。しかし領土の端の深い森の中にあるので交通の便は悪いそうだ。
シュルトリアにはたくさんのハーフエルフが住んでいるが、純血のエルフは一人もいない。
エルフは純血を尊びハーフは村から追放され~……みたいなのを想像したんだが、単純にハーフエルフはエルフに比べ好奇心が強く、好奇心ゆえにエルフの村から出ていった連中が、いつの間にか寄り集まって出来た村がここらしい。
とはいえ頭の硬いハーフエルフもいるようで、さっき会ったディールがその筆頭なんだそうな。
そんな話をしながら森を進んでいくと、ようやく民家がいくつも見えてきた。しかし未だに森は抜けてはいない。
森の中にある小屋だろうか。いや、小屋にしては数が多いし、森の中で利用する小屋がこんなに生活感溢れているのもおかしい。あちらこちらから夕食を料理中と思しき匂いが漂っているのだ。
「これって村の人のお家なの?」
「あー、初めて見ると不思議に思っちゃうわよね。そうよ、この村では森の中に家を建てるのよん」
木々のあまり生えていないところを整備して家を立てたという感じだろうか。森の中にこんなにも家が建ち並ぶのはかなりの違和感があるが、森と共に生活をするなんてのは、俺の中のエルフのイメージとはピッタリだ。
ちなみに前世のイメージでエルフの寝床といえば木のうろなんだが、さすがに木のうろに住んでいるなんてことはなさそうだった。そもそもそんな大きな木はないしね。
「この辺も変わらないわねえ」
セリーヌがふと立ち止まると、懐かしそうに目を細めた。
「さてと……実家に向かうわよ。とりあえず落ち着いたらデリカちゃんに連絡もしないといけないし」
そうだ、デリカも心配しているだろう。しかし連絡と言っても、ここから一体何ができるのだろう? 電話やネットがあるわけでもないし。
「どうやってデリカに連絡するの?」
「ふふっ、それは実家に着いてからのお楽しみね~」
セリーヌは得意げに笑うと再び足を進めた。
「――さあ、着いたわよ」
しばらく歩くと、他の家と同じように木々の間に埋もれるように建てられた家に到着した。そしてノックをすることなく扉を開ける。
中には黒いイブニングドレスの様なものを着た金髪の美人がグラスを片手に椅子に座り、テーブルに肘をついている。
「……んあ?」
金髪美人は俺たちを赤ら顔のぼんやりとした目で見ると、間抜けな声を上げた。どうやら大変酔っ払っているらしい。
「はぁ……。ただいま母さん」
呆れながら金髪美人に声をかけるセリーヌ。どうやらこの酔っぱらいがセリーヌの母親のようだ。
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