148 新しい風呂

 その日の夜。二夜連続でお風呂無しはイヤだとセリーヌが珍しく駄々をこねたので、風呂を作ることになった。


 そこで風呂を作る場所を相談したところ、セリーヌは井戸の近くに作ればいいと提案。しかし俺としては、これみよがしに風呂の無い宿の近くに風呂を作るのは気が引けたので却下。


 次にビヤンの倉庫の近くに作るのも候補に挙がった。しかしこちらは坂道を歩きたくないニコラが断固拒否したために、結局は集落の外に作ることが決定した。



 そういうことで今は集落の外にいる。すっかり暗くなっているし、集落の家々から漏れる光からも届かない場所だ。俺の放った照明魔法が殺風景な土くれだらけの地面を照らしている。


「光に魔物が寄ってこないかなあ」


 俺がそうボヤくと、近くにいたセリーヌが周辺を見渡しながら答えた。


「もしかしたら岩虫が寄ってくるかもしれないわね。……いや、むしろ寄ってきたのを狩って宿に持って帰ったら、買い取ってくれそうだしいいんじゃないかしら。ねぇマルク、もっと明るくして岩虫をわんさか引き寄せてみない?」


「うへぇ。遠慮しとくよ」


 俺が顔を引きつらせて照明魔法の光量を下げると、セリーヌが笑いながら俺の頭をポンポンと撫でた。どうやら冗談だったらしい。……マジっぽいトーンだったけど。


 さて、魔物のことはひとまず置いといて、風呂のことを考えよう。今日はあんまり魔力を使ってないし、たくさん使っておきたいんだよな。


「セリーヌ、ちょっと大きめのお風呂を作っても問題ないよね?」


「なあに、ようやく私と一緒に入る気になったの? もちろんいいわよ~」


「僕は後から入るよ! そうじゃなくて、土魔法の練習がてらね」


「ああー、そゆこと。もちろん好きに作ってくれていいわよん」


 セリーヌの了承を得た俺は、まず初めに仮設トイレを作った時と同じ様に地面を柔らかくすると、その土をアイテムボックスに収納する。


 それを数回繰り返して深さ五十センチ、直径六メートルほどの楕円形の穴を掘った。楕円形なところがミソなのだ、多分。


 そして水が漏れないように、穴の表面を土魔法で固める。これをやっておかないと、お湯を入れたところで地面に吸い込まれてしまうし、そうならなくても泥水風呂になってしまうからね。


 表面を固めた後は、楕円形の穴の外周に沿うように様々な大きさの岩っぽいオブジェクトを繋ぎ合わせ、囲うように設置した。穴の真ん中辺りにも一つだけ岩っぽいものを置いておく。


 そして最後は穴にお湯を注ぎ込み、ポーションを投げ込むと――


 ――まるで岩風呂のように見える人工岩風呂の完成である。せっかくの野外なら、こういう露天風呂も趣があっていいだろう。


「あら、まるで地面からお湯が湧き出たように見えるお風呂ね。素敵じゃない」


 そんなセリーヌの声を聞いて、近くで剣の素振りをしていたデリカもやってきた。


「変わった形のお風呂ね。……でも自然と一体になってる様で、私も素敵だと思うわ」


 セリーヌとデリカからは好評のようだ。そしてデリカの素振りを見学していたニコラだが、俺の作った岩風呂を見て目を光らせたと思うと、珍しく俺に甘えるような口調で話しかけてきた。


「ねーねー。お兄ちゃんも一緒に入るのー?」


「ん? 僕は後から入るよ。魔物の見張りも必要だしね」


「えー! そんなのやだー! セリーヌお姉ちゃんもお兄ちゃんも空間感知ができるんだし、見張りなんていらないよ! お兄ちゃんも一緒に入ろう?」


「えぇ……?」


 困惑した俺は念話でニコラに問いただす。


『おい、どういうつもりだ?』


『…………』


 無視しやがった。


 ニコラが一体何を考えているのかわからないが、ロクでもないことなのは間違いない。俺がしばらく思案していると、セリーヌが指を顎にあてながら口を開く。


「そうねえ、たしかに見張りは別にいらないかもね。お風呂を塀で囲ったとしても、空間感知とファイアアローで狙撃できるわよ」


 獲物を見なくとも、塀を飛び越え放物線状に狙撃出来るということか。相変わらずセリーヌの命中力はすごいな。石ころを真っ直ぐにしか飛ばせない俺とは格が違う。


「うーん、でも混浴はなあ」

「わ、私もそれはちょっと恥ずかしぃ……」


 顔を赤くしたデリカが語尾を小さくしながら答える。するとニコラが待ってましたと言わんばかりに声を上げる。


「それなら同じお風呂を二つ作ればいいよ! そして間に仕切りを立てればデリカお姉ちゃんだって恥ずかしくないよね?」


「そ、それなら大丈夫なのかな……?」


 ふむふむ、仕切りか。確かにいつもはひとつしか風呂を作らなかったけれど、仕切りを立てれば問題ないよな。前世でも仕切りを立てた風呂なんてのは普通にあったし。


 ちょっとしたお遊びで露天風呂にしてみたけれど、もっと作り込んで前世のノスタルジーに浸りながら湯船に浸かるのも、たまにはいいかもしれない。


「そうだね。魔力もまだ余ってるから使いたいところだったし、それなら問題はないよ」


『イエス!』


 ニコラが他から見えない角度からガッツポーズをした。どうやらここまでこいつの思惑通りらしい。……こいつ一体何を考えてるんだ?

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