【書籍化】異世界で妹天使となにかする。

１４７ ラックとジャック

　ラックは俺に声をかけると同時に、顎に手を添え首をひねった。

「……ってことは、道沿いに置いてあった椅子に座ってた人形みたいなのって、お前の妹か？　まったく身動きをしなかったんで、マジで精巧な人形だと思ったぞ……。大丈夫なのか？」

　……あー。そういやニコラを外に放置したまんまだったな。

「うん、ちょっと疲れてるだけだから……。ところでラック兄ちゃんとジャックはもしかして？」

「ああ、俺たち以外にも数人いるけど、巣穴の掃討依頼を受けてやってきたんだよ。リザさんからは現地でセリーヌさんたちに会うかもとは聞かされていたけど、さっそくだったな」

　ラックがニヤリと笑った。どうやらついに巣穴討伐のメンバーが集落に訪れたらしい。

「は、話は済んだか！？　さぁさぁお客人、ワシの作品を見ていってくれい！」

　待望の冒険者の登場に、我慢の限界に達したメイの親父が口を挟む。

「お、おう、それじゃ見せてもらおうか。……って、なんだこれクソ高え！」

「なんだと！　ワシの魂が込められてるんだ！　これくらいは当然の値段だろうが！」

　ラックの遠慮のない意見にネイの親父が額に青筋を立てて反論する。魂の入ってない工具はほぼ原価、入魂の一作はクソ高い。どうやらネイの親父はとことん商売に向いてない人らしい。

　ギャーギャーと言い争っている二人を見ながら、呆れたように頭を掻いているジャックに話しかけた。

「やあ、ジャック久しぶり。ちょっと聞きたいんだけど、巣に突入するのっていつ頃になりそうなの？」

「ああ、久しぶりだな。突入はたぶん明日になるんじゃないか？　ここに来るまでに依頼者に同行してきたから、移動中に話し合いは殆ど終わってるからな」

　ジャックと話すのは久しぶりだ。以前に話したときよりも落ち着いているし、随分大人びたように見える。

　俺と話したのをきっかけに、ジャックが俺の後ろで武器を眺めていたデリカの方をチラチラと見ている。……なんだか挙動不審だな。そして意を決した様子のジャックがデリカに話しかけた。

「な、なあ……、デリカ」

「ん？　なによジャック」

「お前とは前から色々とあったが……」

「そうね。だいたいあんたがちょっかい出してきたんだけど」

　デリカが半目で睨みながら言い返した。俺が教会学校に行く以前からなんやかんやと争っていたらしいしな。ラックから、ジャックは気に入った女の子にはいたずらを仕掛けていたことは聞いている。つまりそれはジャックがデリカのことを気に入ってたということで――

「そっ、それはすまねえと思ってる！　それでだな……」

　ほほう。これは何か甘酸っぱいやつですかな？　おっさんと兄貴がギャーギャー騒いでる店内でおっぱじめてもいいやつなの？

　ジャックは真剣な顔でデリカに一歩近づくと、

「水に流してくれとは言わねえ！　土下座しろと言われればするし、靴を舐めろと言われれば舐める！　虫のいい話なのは重々承知だが、それで俺を許してはくれねえか……？　お、俺はお前に仕返しされるかもと考えただけで、吐き気と震えで夜も眠れなくなるんだ……」

　そう言って力なく膝から崩れ落ちた。

　なんか思ってたのと違うんですけど。ジャックも落ち着いたと思ってたら余計にやっかいなことになっているんですけど。

　どうやら女の子に対して相当なトラウマをかかえてしまったみたいだなあ……。

「ちょっ、なによ……！　わ、私はそこまで気にしてないわよ……」

　引き気味でデリカが答えると、ジャックは跪いたまま、涙目でデリカを見上げる。

「そ、そうか？　本当に許してくれるのか？　俺はもう女には金輪際近づかねえ。だから頼むよ。あんな怖い生物にちょっかいを出していたとか、今となっちゃ考えられねえよ……」

　生物て。この世には男と女と後よくわからない人しかいないのだよ？　なんだかずいぶんとこじらせしまってるけど、大丈夫なのかな。……まぁ、ラックがなんとかしてくれることを祈ろう。

　俺がジャックの急変を心配していると、店内に笑い声が響き渡った。

「ガッハッハ！　お前みたいな骨のあるやつは久しぶりだな！」

「俺も親父さんみたいな男は嫌いじゃねえぜ」

「気に入った！　好きな武器を何でも一つ持って行け！」

「いいのかい？　俺は遠慮なんてしねえぞ？」

「鍛冶の神に誓って二言はない！　どれでもいいぞ！　くれてやるっ！」

　こっちの方もなんだか変なことになってるな。ネイが頭を抱え込みながらしゃがみ込む。

「はぁー、またこれだ。たまに武器が売れそうになっても、気に入った客にはタダでくれちまうんだよな～」

　ネイの受難はこれからも続きそうだ。

　◇◇◇

「――それでセリーヌさんたちは、これからどうするんだ？」

　ネイの親父から貰った新しい剣を腰に吊るしながら、ラックが俺たちに話しかける。ちなみにジャックはさっきの取り乱した様子が嘘のように、黙ってラックに付き従っている。

「マルクがね、あんたたちの仕事を見学したいって言うから、こっち側の山から見学させてもらうつもりよ。せいぜい頑張ることね～」

「見学っていっても鉱山の中に入るんだし、ほとんど見えないだろ。それならいっそ飛び入りで参加して中に……。いや、他の連中が分け前が減るのを嫌うかもしれねえな。参加メンバーを決めるときも大分モメたんだよな。悪い、無かったことにしてくれ」

　そもそも行く気がないので、それは全く構わないです。鉱山の中に入っていく雰囲気だけでも見れればそれでいいし。

「へえ、何人くらいできたの？」

　セリーヌが興味深げにラックに問いかける。

「五人組のパーティに俺とジャックが参加する形なんで七人だな。ジャック以外は俺含め全員Ｄ級冒険者で固めたパーティになる。最初は向こうのパーティだけで依頼を受けるつもりだったらしいが、人数が足りないってリザさんが許可しなくてな。向こうのリーダーがたまたまいた俺とジャックを誘って、それからずいぶんとリザさんを説得してようやく許可が出たんだよ」

「……ふーん。ま、頑張りなさい」

「おう、少しでもあんたに近づけるようにバシッと決めてやるぜ！　うし、それじゃジャック戻るぞ！　宿で鉱山の親方を交えて作戦会議だ！」

　そう言い放つや、ラックとジャックは店から出ていった。相変わらず忙しないね。俺はセリーヌが浮かない顔で出て行った二人を眺めているのに気付いた。

「セリーヌ、どうしたの？」

「ん？　この依頼失敗するかもねーって思ってたのよ。リザが許可しないのなら、それなりに人数が必要な依頼なんでしょ？　不安しかないわー」

「えっ！？　そうなの？　だったら手伝ってあげたほうがいいんじゃ？」

「あー無理よ無理。仮に私が手伝うって言ったところで絶対断られるわよ。私もタダで手伝うほどおせっかいじゃないしね～」

　報酬を人数割りするなら、人は少ないほうがいいと思うのは当然だろうな。自分たちでやれると思ってるなら尚更だ。

「それに私たちは詳しくは知らないだけで、実のところ簡単な依頼なのかもしれないし、やってきた冒険者パーティとやらが意外と手練かもしれないわ。ま、お手並みを拝見といきましょ」

「うん、まぁ、そうだね」

　あっちはプロの冒険者だしね。ラックの腕前はコボルト狩りで少し見た程度だがなかなかのものだった。他の冒険者の腕前はわからないけれど、ラックを信じて明日はプロの仕事を見学させてもらうとしよう。