146 坂道

 留守番にネイを残し、ビヤン商店の裏口から続く坂道をひたすら歩く。ビヤンやセリーヌ、デリカは涼しい顔で歩き、俺はまぁ多少はしんどいものの、後ろでぐちょぐちょになってる妹ほどではない。


『はあはあ、きっつ……。お兄ちゃん、汗びちょ妹をおんぶできるチャンスなんですけど、この機会に試してみませんか?』


『普段からもう少し外を歩きなよ。これもニコラにとっていい訓練になるんじゃない?』


『くっ、訓練マニアめ……』


 汗をだらだらと流すニコラが恨みがましい目で俺を見る。ニコラの汗びっちょりの手を引っ張ってやってるだけでもありがたく思って欲しい。


「どうだい、お嬢ちゃん。おじさんの脚はすっかり治っているだろう?」


 ビヤンはニコラに近づくと張り切って脚を上げ下げをして、健脚ぶりをアピールする。


「うん! おじちゃんすごいね!」


 ニコラは振り向きざま、ビヤンに笑顔で答える。その外面を守り通す根性だけは認めてやってもいい。



 それからしばらく坂道を歩き続けると、坂道の終点が見えてきた。そこは平地になっており、その真ん中には頑丈そうな扉がはめ込まれている石造りの建物がドカンと建てられている。


「これはウチの倉庫になってるんだが……どうだい? この辺からだと鉱山がよく見えるんじゃないかな」


 ビヤンが向かい側の山を指し示す。崖の方に近づくと足元には集落が広がり、集落を挟んだその向かい側の山には、立派な坑口を構えた鉱山が見えた。


 あれが例の鉱山なのだろう。坑口の近くでは見張りらしい鉱夫が三人、ツルハシを持ちながら椅子に座ってる様子まで見て取れた。


「よく見えるね! ここで見学させてもらっていいの?」


「ああ、いいとも」


「おじさんありがとう!」


 ビヤンは良い人だ。コネと人望があるからこそ高価なガラス製品を取り扱うことができるんだろうな。後はなるべく早く冒険者が来てくれることを祈ろう。


「おーい、ビヤンー! 客が来たぞー!」


 そんなことを考えていると、突然坂の下から留守番のネイの大声が響いてきた。


「おっと、それじゃあ戻りますかね」


 ビヤンが俺たちに語りかけ、今度は坂を下り始める。


 ほとんど休憩なしの折り返しにニコラの顔が絶望に染まったが、それに気づかぬビヤンは治ったばかりの脚のならし運転をするかのように、軽やかに坂を下っていった。



 ◇◇◇



 ビヤンは地元の客相手に商談を始めたので、俺たちはビヤン商店をお暇することにした。


 ニコラは店の外で俺が差し出した椅子と飲み物で一息ついている。死んだ魚のような目をしているので、しばらくここからは一歩も動かないだろう。


「さて、冒険者たちが巣穴を攻めるまで、何をして時間を潰しましょうかしらん? 話を聞いた感じじゃ、今日には集落にやって来そうだけど」


「時間が空いてるなら、ネイのお店を覗いてみたいんだけどいい?」


「ん? ああ、いいぜ。見ていきな」


 ネイの許可をいただき、さっそく中に入ってみることにした。


 店内にはツルハシ、ハンマー、シャベル、様々な工具が雑に立てかけていたり、大きいカゴに詰め込まれるように置かれている。ドワーフの鍛冶と言えば、やっぱり武器や防具が気になるところだが……、おっ、見つけた。


 雑に置いてある工具に比べると、壁に飾るようにしっかりと備え付けられている剣や盾はとても立派なものだった。……その分値段もかなり立派なものだけど。


「お、武器防具が好きなのか? やっぱり男だねー」


 頭の後ろで手を組みながらネイが胸を張る。


「この武器防具って、ネイのお父さんが作ってるの?」


「ああ、そうだよ。でもまあこんな集落だし、ここでわざわざ武器を買いに来る連中なんていないからな。めったに売れないんだよなー」


「おう、ネイ、客か?」


 そう言って店の奥から出てきたのは、俺よりは背が高いものの、成人男性にしては低い。髭もじゃのがっしりとした男だ。ネイの父親なら彼もドワーフということだろう。


「ああ親父。こいつらはファティアの町からきた冒険者一行だよ」


「なぬ!? 例の巣穴討伐の冒険者がようやく来たか! それじゃあ武器と防具を思う存分見ていってくれ! ワシの渾身の作品だ! 例えばこの剣なんだがな――」


 ネイの親父が勢いよくセリーヌに近づき、武器の説明を始めようとするが、セリーヌが気の毒そうに話を食い止めた。


「あー、私たちはそれとは別件よ。それに残念だけど私たちが装備できそうな物もなさそうね」


「そ、そうか……」


 ネイの親父がガクリと肩を落とす。それを見てネイが疲れたような声を出した。


「親父はなー。ここに店を出したまではよかったんだけど、武器防具はこの辺じゃご覧の通り殆ど売れなくてさ。仕方なく鉱夫向けに工具を作り始めたら結構売れてくれたから、それでなんとか生活はしていけてるんだけど……」


 ネイは大きくため息をついて更に続ける。


「工具にはワシの魂が入ってないっつって、原価ギリギリで売りに出すんだよ。それであたしが酒場に働きに行って、なんとかマシな生活をしてるってわけ」


「別にやらなくていいって言ってるだろう。そんな暇があったら鍛冶の修行をしろ」


「ったく、じゃあ工具の売値を上げてくれよ。今のままじゃあたしが働きに出ないと生活費だけでギリギリなんだからな」


「それは出来ん! 嫌々作ったもので利益を上げるだなんて、鍛冶の神が許してもワシが許せんのだ!」


 ……なんだか大変だなー。どうやら親父さんのドワーフ職人としてのこだわりが、ネイが酒場でバイトしている原因となっていそうだ。


 なおも続く親子の言い争いを眺めていると、入り口から二人の客が入ってきた。


「ちわー。ここに武器防具が売られてるって聞いて来たんだけど……って、おう、マルクじゃねーか」


 短く刈り揃えられた茶髪の青年が俺を見て声をかける。姿を見せたのはファティアの町の冒険者ラックとその弟のジャックだった。

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