145 ビヤンのお礼

「……お嬢ちゃん、そんなに喜んでくれるのかい? ありがとう……!」


 ビヤンが感極まった顔でニコラに感謝を告げる。いやアイツは多分、あの台詞が言いたかっただけですから。なんと言うか、すいません……。


 そして未だに名台詞を繰り返して、はしゃぎ続けるニコラを俺が半目で見ているのを勘違いしたらしいビヤンが、取り繕うように俺に話しかける。


「い、いや、もちろん何より坊やのお陰だよ、本当にありがとう! ……そうだ。何か礼をしないとね。恥ずかしながら私は骨折の全回復の治療をしてくれる術士にお目にかかったことがないので、どのくらい払えばいいのか相場が分からないのだけれど」


 ビヤンが眉尻を下げながらしゃがみ込むと俺と視線を合わした。うーん、この人すごく良い人だよなあ。こんな良い人を勘違いさせたニコラの罪は重い。いつかしっぺ返しを食らうといい。


「ううん、そんなの気にしないでいいよ。僕もいい練習になったしね」


 元々お金を貰うつもりは全くなかった。練習台になってくれたし、こちらが払いたいくらい……とまでは思ってないけど。


「そういうわけにはいかないだろう。……そうだ! それじゃあここの商品で欲しいものを幾つでもいいから持っていってくれるかい? 私のおすすめはやっぱりサドラ名産のガラス製品だね」


 良いことを思いついたようにビヤンが急に立ち上がる。本当にお礼はいいんだけどなあ。しかもガラス製品ってここじゃ安いみたいだけど、ウチの町なんかじゃそれなりにお高い品だし、すごく申し訳ない。


 俺がどうやって断ろうかと考えていると、ポンと頭に手を乗せられた。セリーヌの手だ。


「遠慮なく貰っておきなさい。子供が遠慮なんてしちゃあ、ビヤンさんだって困っちゃうわ」


 それを聞いたビヤンも頷く。それもそっか。それなら……。


「それじゃあジョッキをいくつかください」


 実家のお土産によさそうだ。俺がジョッキが置かれた棚を指差すと、ビヤンがテーブルの上にドカドカとジョッキを並べ続ける。


「ああ、いいとも。いくらでも持っていくといいよ!」


 ……ええっ、そんなにもくれるの? やっぱりすごく申し訳……いや、子供は遠慮せずにガンガンいっとこう。


 と思ったけど、テーブル一杯にジョッキが置かれたところで、さすがに俺がストップをかけた。


「これだけでいいのかい? もっと持っていってもいいんだけど……」


「う、うん! もう十分だよ」


「そうかい、わかったよ。ところでどうやって運ぼうか? 馬車を近くに停めているのなら、今から馬車まで持ち運ぶよ」


「ううん、大丈夫だよ」


 俺はアイテムボックスでテーブルの上のジョッキを全て収納した。


「ア、アイテムボックス……」


 俺がテーブルの上から一瞬でジョッキを全て消すと、ビヤンはペタンと腰を抜かして座り込んでしまった。そのままネイの方を向いて尋ねる。


「……私たち行商人にとって憧れのギフト、アイテムボックスまで持ってるなんて……。なあネイ、今更だけどこの子は一体何者なんだい?」


「……知らね。コイツは昨日会った時からこんな感じだよ」


「んふふ、マルクはすごいのよ~」


 ネイは呆れたように、そしてセリーヌがまるで母さんが言うみたいな台詞をビヤンに言った。


 それにしてもやっぱりアイテムボックスは行商人には良い物らしいね。ガラス製品は重いし、移動の途中で割れることもありそうだから尚更重宝しそうだ。


 ……行商人かあ、移動がめんどくさいと思ったけど、利益率の高い商品でがっぽりと儲かるなら将来の仕事にするのもアリなのかなあ。


『……などと考えてそうですけど、利益率の高そうな商品なんて、コネが無いとなかなか売ってはもらえないでしょうし、コネを作るには地道な実績が必要になってくるんじゃないですかね』


 ……俺ってそんなにわかりやすい顔をしてるんだろうか。しかしニコラの言うことも一理あるな。地道なコネ作りとかすごく大変そうだ。とりあえず今は忘れておこう。



 話が一段落ついたところで、セリーヌが俺たちに話しかける。


「さて、お仕事は終わったし、後は例の巣穴の掃討作戦までしばらくゆっくりのんびりとしてましょうか。作戦開始まで長引けば、その分帰るのが遅くなるかもしれないけど、みんなも構わないわよね?」


「ニコラはいいよー」

「私も大丈夫」


 たしかに今日冒険者が来たとしても、即日で巣穴に突入なんてしないよな。向こうの予定次第でこちらの日程が伸びることに今更気付いてしまった。


「みんなありがとう」


 俺のわがままに付き合ってもらって申し訳ないな。ニコラはともかくセリーヌやデリカにはまた別でお礼をしないとね。


「君たちも巣穴の討伐に参加するのかい?」


「ううん。遠くから見学だけさせてもらおうかなって思ってるんだ」


「ほう。それならいい場所に案内してあげよう」


 ビヤンは俺たちを店の奥に案内すると、行き止まりにある扉を開けた。裏手は山道に繋がっているようで、目の前にはやたらと急な坂道がずっと先まで伸びていた。


「この先にウチの倉庫があるんだけど、そこなら見晴らしがいいからきっと鉱山がよく見えるよ。試しに今から上まで登ってみないかい?」


「いいの? ありがとうビヤンおじさん!」


 鉱山がよく見えるならありがたい。俺がビヤンに答えると、長い坂道を見上げているニコラから念話が届いた。


『すっごいしんどそうな坂道ですね。私はここで休憩してますから、お兄ちゃんはがんばって登って行ってくださいね』


 それと同時にビヤンがニコラに話しかける。


「さて、お嬢ちゃん。おじさんの足が本当に治ったところを見せてあげるからね。これくらいの坂道はもう平気で登れると思うよ」


 自分の回復を喜んでくれたニコラに元気になったところを見せたいのだろう。ビヤンが微笑みかけると、ニコラは引きつった笑みを浮かべながらコクリと頷いた。

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