149 おやくそく
ニコラの思惑が気になるところだが、だからと言って作るのを取り止めるほどのことではない……だろう、多分。俺は気を取り直し、岩風呂のすぐ隣に同じ物をもう一つ作った。
二つ目ということで、さっき作ったのよりも効率よく作れたと思う。このように練習が身になっているのを実感出来るのはすごく楽しいね。
そして各風呂に脱衣スペースを確保した上で全体を石壁で囲い、更に風呂と風呂の間には高くて頑丈な仕切りを作って隣の風呂は見えないようにした。これで露天風呂の男湯と女湯の完成である。
どうせなら入り口にのれんを掛けて「男湯」「女湯」なんてのもやってみたいところだが、都合のいい布も持ってないし、なにより漢字にツッコミが入るのは間違いないので自重した。
「それじゃあ僕はこっちに入るからね。また後で」
そういって俺は男湯(仮)の入り口を通ろうとすると、
「ニコラはお兄ちゃんと一緒に入るね!」
俺の後にニコラが続いた。え? なんで?
「あら、ニコラちゃん。今日はマルクと一緒に入りたかったの? そういうところもかわいいわね~。それじゃデリカちゃん、私たちも中で仲良く背中の流し合いっこでもしましょうか」
「えあっ!? お、お手柔らかに……」
デリカが顔を赤らめながらセリーヌに続いて女湯(仮)に入って行った。
『……どういうつもり?』
「ふんふふふ~ん」
ニコラは俺を無視して鼻歌を歌いながら男湯の脱衣所でいそいそを服を脱ぐと、さっさと風呂場の方へと向かってしまった。俺も気にしていても仕方ないと切り替え、服を脱いでそれに続く。
とりあえずはかけ湯だ。俺は浴槽の近くでかけ湯を始めるが、近くにニコラの姿は見当たらない。
しかしそんなに広くもないので、すぐにニコラを発見した。何故か俺が土魔法で作った、男湯と女湯を隔てる仕切りの近くをウロウロとしている。
そして仕切りの端っこに狙いを定めると、何やら魔法を発動し始めた。
『お兄ちゃん、仕切りを固く作りすぎですよ。やっかいな……。ほんと何もわかってませんねえ……っと、開いた開いた』
念話でニコラのボヤきが伝わる。どうやら仕切りに魔法で小さい穴を開けたようだ。
ニコラは穴に息を吹きかけ削れた砂を吹き飛ばすと、穴にかぶりつくように顔を当て、隣の様子を覗き始めた。
『おほー! これはいい、これはいいですよ! セリーヌのちち! しり! ふともも! デリカのちち! しり! ふとももーっ!』
『……いや、なにやってんのお前? いつも一緒に風呂に入ってガン見してるくせに』
呆れつつも念話でそう伝えると、肩を揺らしながら大興奮していたニコラがピタリと動きを止める。そして振り返ることなく覗き穴を見続けたまま、大仰にため息をついて答えた。
『はぁ~、わかってませんねえ。これが露天風呂のお約束なんですよ、お・や・く・そ・く。それにですね、私は普段お兄ちゃんの言う通りガン見してますからね。セリーヌもあれでなかなか慎み深いところがありますから、ちゃんと見られてもいいような姿をこちらに向けているんですよ。それが今は無防備……、ああっ、セリーヌのお胸が! そ、そんな形にぃっ!?』
それからしばらくの間、ニコラは鼻息荒く覗き穴に目を押し付けていたが、見たいシーンを一通り見終わったらしく、くるりとこちらを向いた。
ニコラの右目にはまるで赤いマジックペンで描かれたような丸い跡がついているが、その表情はひと仕事終えたような満足感を漂わせている。
『覗き見だからこそ得られる背徳感も最高のスパイスですし、あえて難題に挑むことで得られる達成感、それにいつもと違うシチュエーションによって新たな一面を引き出すこともあります。とにかく覗きはいろんな可能性を秘めているわけです。すごいでしょう?』
大層な論文を発表したかのようにドヤ顔でそう語ると、ニコラはつるぺたの胸を大きく張った。自分の変態活動に忙しいのか、今は『
『まぁ、私はもちろん普段のセリーヌとの混浴も大好物ですけどね? それでも間……間にこういったデザートをいただくことは胸焼けを防いでくれることにもなるのですよ。誰が最初に発見したかは知りませんけど、スゲエ知恵ですね』
『お前それ串カツ……いや、なんでもない』
『もちろん、私は今回お兄ちゃんがいい機会を与えてくれたことに感謝しています。お兄ちゃんにも覗く権利がありますよ。さぁ、どうぞ』
ニコラは丁寧にお辞儀をすると、その手を覗き穴の方へと向けた。
『いえ、結構です……』
『やれやれ、そう言うとは思ってましたが、本当に仕方のないヘタレですね。仕方ない、それでは私がお兄ちゃんの分も楽しむことにしましょう』
俺は今ドン引きをしている。そしてそれに気付かないニコラは再び仕切りに体を密着させて鼻息荒く覗きを始めた。少し低い場所に穴を開けているようで、壁に尻丸出しのガニ股で張り付いている様子はまるでヤモリのようだ。
こんなんでも教会学校じゃお嫁さんにしたい女の子ランキングナンバーワンだし、セカード村の宴会ではニコラにヌシの切り身を貢ぐため、村の男の子たちがニコラの前に列をなしたんだから、世の中は不思議だね。
――それにしても、今は魔物を感知するために空間感知をしているはずだから、セリーヌにはすぐに気付かれそうなもんだけどな。……って、これはどういうことだろう?
ふとそう思い、遠くばかり向けていた空間探知の意識を自分の周辺に向けてみた。すると驚くべきことに、仕切りに張り付いているニコラからは存在をほとんど感じ取ることが出来ないことが判明した。
実際に目に見えてるから何となく感じ取れるだけで、そこにいるのを知らなければスルーする程度の薄い気配しか壁際のニコラから感じ取れないのだ。
そして更に驚くことに、俺のすぐ隣のなにも無いはずの空間にはニコラっぽい存在が空間感知で感じ取れている。
……ええぇ、なにこれ? 気配の遮断した上に更に自分のダミーまで作れているの? 普段は能力を使いたがらないくせに、こういう時には無駄に才能を発揮するな……。
「マルクー、ニコラちゃーん。このお風呂やっぱりすごく素敵ね~。とてもゆったりとできるわ~。そっちはどう~?」
仕切りの向こう側からセリーヌの声が聞こえた。するとニコラは俺の方、いや正確にはダミーらしき存在に向かって口をパクパクと動かす。すると次の瞬間、
「うん、こっちも楽しいよー!」
「ええっ!?」
なっ!? 俺の隣のダミーからニコラの声がした。なんなのこいつ……。なんでこんなこと出来るの?
「うん? マルクどうかしたの~?」
ニコラがまた口パクをする。
「洗いっこしててお兄ちゃんの脇に手を滑らせちゃったの!」
するとまたダミーから声がした。
……こんな魔法見たことないし、俺に出来るとも思えない。ニコラの変な魔法と言えば『
何がニコラをそこまで駆り立てるのか。そしてこいつの魔法の才能が正しく使われる日は来るのか。
俺は無様に壁に張り付いて、こちらに尻を向けているニコラを見ながら呆れればいいのか、驚けばいいのかわからなくなり――
……とりあえず未だに風呂に入っていないことを思い出し、かけ湯を再開した。
深く考えるのはやめよう。
ああ、露天風呂懐かしいなあ。前世の社員旅行以来だなあ。
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