133 早朝の来客

「んあ……?」


 異変を感じて目が覚めた。例えるなら自分の頭のレーダーに突然ターゲットが現れてびっくりしたというイメージだろうか。どうやら寝ながら空間感知することには成功したようだった。


「あら、感知できたのね。すごいわ~」


 ひそひそと小声が聞こえた方に顔を向けると、十センチも離れていないような距離にセリーヌの顔があった。


「うおっ」


 思わず素の声が漏れた。


「ふふっ、なによそれ」


 セリーヌが俺を見て笑う。どうやら俺は今、セリーヌに全身を包み込むように抱かれていて身動きが取れない状態らしい。とてもふかふかで気持ちがいいけれど、このままだと二度寝しかねない。


「セリーヌ、おはよう。あとね、動けないんだけど」


「あーはいはい。すごく暖かくて抱いてて気持ちよかったんだけどね~。名残惜しいけど仕方ないわねえ」


 そう言ってセリーヌが俺を開放する。こちらとしても名残惜しいが、今は空間感知の話が先だ。


「……なにか来てるよね?」


「そうね、人数は三人。こちらに向かって歩いてきてるわ」


 俺には遠くから何かが来てるくらいしかわからないが、セリーヌは既に人数まで把握しているようだ。もっと鍛錬しないといけないなあ。


「どうするの?」


「そうね……。鉱山集落の方向からだし、集落のことを知ってるかもしれないわね。この建物にはきっと気づくだろうから、外で待ち構えてましょうか」


「うん、わかった」


「それじゃ私はみんなを起こすから、マルクは先に出ておいてね」


「ん? 起こすくらい僕がするよ」


 俺たちは小声で話し合ってるけれど、少し大きな声を出せばすぐに近くのニコラもデリカも目覚めるだろう。だがセリーヌが俺の額をつんと突く。


「バカね~。ニコラちゃんはともかく、デリカちゃんはマルクに寝起きの顔なんて見られたくないと思うわよ」


「なるほど」


 まったくその通りだ。自分じゃ色々と気を付けているつもりなんだけど、まだまだデリカシーが足りていないらしい。


「それじゃ外で顔を洗ってくるね。デリカ用に水桶も作っとく」


 そう言い残して俺は一人で外に出た。


 辺りはまるで薄霧がかかっているようなぼんやりとした明るさ。まだ太陽が昇り始めたばかりの、起きる予定の時刻よりは少し早い時間帯のようだ。


 俺は軽く体をほぐしながら深呼吸をする。すると昨日のセリーヌの匂いが服から漂ってきて、今頃になってなんだか少し照れくさくなった。



 しばらくすると、セリーヌと共にニコラとデリカがドームハウスの出入り口から姿を見せる。ニコラはパジャマから旅装束に着替えていた。さすがにパジャマを旅装束化する気はなかったようだ。


「おはよう」

「お兄ちゃんおはよー」

「マルクおはよう」


 挨拶を済ませたところでデリカに水桶を手渡す。デリカは手早く顔を洗うと、馬の世話へと向かった。どうやら来客については既に聞いているらしい。


 セリーヌはトイレに行き、ニコラと俺がドームハウス前に残された。ニコラがこちらをじっと見ると、めんどくさそうに口を開く。


「お兄ちゃん、『ぐへへ……』って笑うのが似合いそうなおっさんが来ますから。気を付けてくださいね」


「それって、もしかして」


「そういうことです。はぁ、朝っぱらからご苦労なことですね」


 どうやら朝早くから急いで起こされたことにご機嫌斜めのようだ。ニコラの謎感知は侮れない、ロクでもない来客なのは間違いないだろう。俺は天を仰ぎたい気分になった。



 ◇◇◇



 その後身支度を終え柵の内側で待ち構えていると、ヒゲの生えたおっさんが一人と若いチンピラ風のが二人、姿を現した。


「あちゃー、ハズレね」


 セリーヌが額に手を当ててため息をつく。


 男たちはろくに洗濯をしていないであろう汚れた服装に毛皮のベストを着込んでおり、腰には無骨な剣を差している。はっきり言って見るからに賊っぽい。


 そんな男たちは俺たちを見るや立ち止まり、なにやら話し合うとすぐにこちらへとニヤニヤしながら近づいてきた。そして俺たちと柵を挟んで会話を始める。


「よお、姉ちゃん。なんだこの建物は? 前からあったのか?」


「さあ? 知らないわ。ここにあったからありがたく使わせてもらったんだけど」


「ふん、そうかい。それで姉ちゃんたちはこんなところで何してるんだ? 旅の途中なら俺たちが護衛してやろうか?」


 ニタニタと笑いながら親切なことを言ってくれるヒゲのおっさん。それを無視してセリーヌが尋ねる。


「私たちサドラ鉱山のある集落に行きたいんだけど、あんたたち、あの集落について何か知ってることはない?」


「あん? 今頃あんなところに行きたがるなんて何も知らねえんだな」


「あら、どういうことかしら?」


「少し前に鉱山から魔物が湧いてな、採掘どころじゃなくなっちまったよ。今はそれをなんとかしようとしているらしいが、まあ無理だろうな。それでもいいなら俺たちが連れて行ってやろうか?」


 妙に詳しいし元々は鉱山集落出身なのかもしれない。再び道案内を持ちかけられたがセリーヌが更にそれを無視して呟く。


「……そういうことだったのね。これを報告したら依頼完了になるのかしら……ならないわよね。結局行かないと駄目か……」


「おいっ、道案内してやろうって言ってるのが聞こえねえのか!?」


 おっさんが足を踏み鳴らして怒鳴ると、セリーヌが今気付いたような口調で、


「あら、まだいたのね。情報ありがとう。お供の方は大丈夫だから」


 これで要件は終わりといった風に手を振りながら答えた。するとおっさんは柵にくっつくようににじり寄る。


「ちょっと待て。俺たちの用事が終わっちゃいねえよ」


「情報料かしら? そうね、タダというのは悪かったわ。金貨1枚でどうかしら?」


「おおっ? そんなに貰えるのか!? ……い、いや、そんな額じゃ納得出来ねえなあ~」


「ふぅん。いくらなら納得するのかしら?」


 おっさんはセリーヌを上から下まで舐め回すように見ると、いやらしい顔つきで口を歪めた。


「そうだな、情報料として有り金全部置いていってもらおうか。もちろん体でも払ってもらうがな。ぐへへ……」


 マジで「ぐへへ……」って言った!

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