134 山賊

 見た目ですぐにわかってはいたけれど、やっぱりこの三人組は賊だった。その背後に見える山を根城にしている山賊といったところだろうか。若い男がヒゲのおっさんに声をかける。


「兄貴~、道案内してる振りをして油断したところをやっちまうんじゃなかったんすか~」


「うるせえっ! どう考えても道案内するような空気じゃなかっただろうが!」


「金貨一枚で妥協したほうが良かったんじゃ……。どう見たって冒険者ですよ、あの姉ちゃん」


「ガキ共のお守りをするような仕事をしてんなら、大した冒険者じゃねえ。三人で囲んじまえば楽勝よ」


「……それもそうすね。わかりやした。あの姉ちゃんは兄貴が最初でいいんで、俺は……、あの赤毛のガキでいいっすか?」


 チンピラの視線を受け、デリカが一歩後ずさる。そしてもう一人のチンピラがヒゲのおっさんに甘えたような声を出す。


「あっ、それなら俺はあの金髪の坊主でお願いしますよう。かわいいなって気になってたんですう~」


 えっ? 俺!?


「ったく、お前は相変わらずの趣味だな……。いいぞお前ら、好きにしろっ」


「さっすが~、兄貴は話がわかるッ! ぐへへ……」


 チンピラが俺をねっとりと見つめた。ひえっ、途端に全身に鳥肌が立つ。これが今しがたデリカが味わった気分か。


『解せぬ』


 余り物になったニコラから念話が届いた。それにしても早くも分け前の相談とか、もしかしてすごい手練なんだろうか? 俺は小声でセリーヌに尋ねる。


「セリーヌ、どうするの?」


「うーん……。私としては降りかかる火の粉は払いたいところなんだけど、私がすると少々刺激の強い光景になると思うのよねえ……。あまりデリカちゃんにはお見せしたくはないところかしら」


 そう言ってデリカの方を見る。デリカは剣の鞘に手を添えながら体をこわばらせていた。できれば俺にも気遣ってほしい。


 俺だって怖くないわけではない。セリーヌがいるのと、ヌシみたいな化け物と比較すると言葉が通じる分、落ち着いていられるだけだ。


「……というわけで、マルク、あんたがなんとかしてみなさい。あんたが悪意に打ち勝つための強さを手に入れたいのなら、魔物だけじゃなくてああいう手合も相手にしないといけないのよ」


 やっぱりそうなった。そうなる気はしてた。これは自分のために俺がやるべきことなのだ。


「わかった、僕がやる」


 俺がそう答えると、セリーヌはデリカの肩をポンと叩いて引き下がらせる。もちろんニコラも自主的に下がった。必然的に俺がひとりだけ前に出る形になる。


「お兄ちゃんがんばえー」


 気の抜けたニコラの声援に、俺たちの処遇を相談していた山賊たちが俺の方を見た。


「なんだ坊主、前に出てきやがって。へっ、騎士ごっこがしたいのか?」


 俺が前進しているのではない。 彼女たちが後退しているのである。俺は一応会話を試みた。


「おじさんたち、略奪行為は重罪だよ? それなのに――」

「おじちゃんたち、どうして働かないの?」


 俺の後ろからニコラがキョトンとした顔で首をかわいく傾げて煽る。やめろ、そういう直球は思いの外効くものなんだぞ。案の定顔を真っ赤にしたヒゲのおっさんが怒鳴った。


「うるせえ! チマチマ働くのに飽きたんだよ。俺は太く短く生きるんだっ!」


 おっさんは腰を低く構えると、ギャリッと音を立てながら鞘から片手剣を勢いよく引き抜いた。


 説得失敗だ。とはいえ俺だって本気で話し合いでなんとかなるとは思ってはいない。まだ対人で容赦なく先制攻撃出来るほど場馴れをしていないだけだ。


 俺は素早く手を山賊に向けると照明魔法を放つ。ぼんやりと光る三つの光球が山賊それぞれの顔の近くへと飛んでいった。


「うおっ……って、なんだこりゃ。坊主の魔法か? これは見たことあるぞ、照明の魔法だな。へぇ……。便利な魔法を使えるじゃねえか。坊主を奴隷にでもすりゃ俺たちの穴倉もマシに――」


「――それっ」


 俺は目をギュッと閉じると照明魔法にマナを注ぎ込めるだけ注ぎ込む。光球は一瞬だがまぶたの裏でも分かるくらいに真っ白く輝き、弾けて消えた。


「ぐおっ! 坊主なにしやがった!」


 おっさんが目を固く閉じながら手に持っているをブンブンと振り回し、残りの二人は腰を抜かしている。目眩まし成功だ。


 そうして動きを止めている間に、俺は土魔法を繰り出した。


 山賊の周囲の土が隆起し、あっという間に彼らの背丈を越えると取り囲むような形を作る。彼らを中に取り込んだ高さ3メートル程度のドームハウスの完成だ。少しだけ空気穴は開けたが出口の無いタイプである。


 しばらくすると視力が回復したらしい山賊たちの声が聞こえた。


「お、おい! いきなり閉じ込められちまってるぞ!」

「はあっ!? なんだこれ!」

「ひいいっ! だから止めとこうって言ったんだ!」


 ドンドンとドームハウスの内側から壁を叩いたり蹴ったりしている音が響く。しかしそのくらいじゃ壊れることはないだろう。たっぷりマナを注いで固めたからね。中から焦ったおっさんの声が聞こえる。


「こ、こらっガキ! ここから出しやがれ!」


 俺は無言で空気穴を胴が通るほどの大きさにしてやった。


「よし、待ってろ。いますぐブチのめしてやる!」


 そう言っておっさんが勢いよく両腕を壁から通した直後、穴を再び狭めて彼の胴を締め上げる程度の大きさにする。するとおっさんはトイレの窓から出ようとして身動きが取れなくなった人みたいになった。


 おっさんが剣を取りこぼし、壁に手をついて踏ん張りながら怒鳴る。


「おいっ、これじゃ出れねえじゃねえか! なんとかしろ!」


「なんとかするわけないでしょ。……えーと、中にいるお兄さーん」


「ひいっ、なんだよ……」


 俺のことを狙ってた、特殊性癖のチンピラが怯えた声を出す。


「お兄さんたちはきっとこの後捕まって大変な目にあうと思うんだ。それならせめて、その前に好きなことでもやればいいんじゃないかな」


「は? なに言ってるんだよ……。あっ」


 チンピラの目の前には兄貴の尻があるはずだ。


「そういや兄貴とはまだだったよな……」


「ちょっ、お前、なに勝手にズボンを脱がしてるんだよ! 俺にその趣味はねえ! 止めろ、こらっ、おい!」


「そうだよな……。これで終わっちまうくらいなら……。兄貴だっていつも太く短くって言ってたし。――兄貴ッ! 俺の太くて短いやつを受け止めてくれっ!」


「うおっ、止めろ! マジで止めろ! うあっ当てるんじゃねえ! 止めろ止めろ止めろおおおおおおおおおおー! ……アッー!」


 晴れやかな早朝の平原に、おっさんの汚い絶叫が響き渡った。

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