132 森の香り

 セリーヌを先頭にドームハウスの中に入った。明り取りの窓は作ってはいたが、ほぼ真っ暗な状態で月明かりだけでは物足りない様子。俺が天井に弱めの照明魔法を放つとドームハウス内は薄明かりで満たされた。


「敷き布団だけ出すね」


 アイテムボックスから敷き布団を取り出し横に四つ並べる。前日にセリーヌが買ってきたこの敷き布団は、前世の体操マットのように厚めのしっかりしたものだ。あまり柔らかくはないが、地面の硬さや冷たさを遮断してくれると思う。


「それじゃあ僕はここで寝るから」


 ニコラあたりが場所決めでうるさく言いそうなので、俺は先手を打って部屋の一番端っこを指定する。


「わ、私はここ!」


 即座にデリカが俺の反対側の端を希望した。……なんだろう、避けられているようで少し悲しい。


「私はここねー」


 セリーヌは俺の隣がご所望のようだ。正直少しホッとした。これでセリーヌがデリカの横を指定していたら、今夜は悲しみで眠れなかったかもしれない。


「寝ながら空間感知する方法を教えなきゃね」


 そう言ってセリーヌが俺にウインクする。ああ、うん。そうだったね……。


「じゃあニコラはここだね!」


 最後に残ったセリーヌとデリカの間だ。ニコラの性癖からしてベストポジションだろう。残り物に福があったということだろうか。


 全員の寝場所が決まったところでセリーヌがポンと手を叩く。


「さて、それじゃあ明日に備えてさっさと寝ましょうか。明日も早めに起きるわよ~」


「はーい」


 俺とデリカが声を合わせる。馬車でずっと一緒なので、いまさら改めて話すような話題もないだろう。こういう時はさっさと寝るに限るね。


 掛け布団代わりに爺ちゃんから貰ったスノーウルフのマントを胸に掛けた。――直後に念話が届く。


『ええっ!? 好きな子の名前を言い合ったりしないんですか?』


『しない』


『じゃあ枕投げは?』


『しない』


「それじゃ、照明消すね。おやすみなさーい」


 俺は修学旅行と勘違いしているアホを全力でスルーして、おやすみの挨拶と共に照明魔法を消した。ドームハウス内は明り取りの窓から切り取ったような月明かりが入ってくる以外は暗闇に包まれる。


 すると息をつく暇もなく、隣でもそもそと動く音と共に少し落とした声が聞こえた。


「んふふ、それじゃあさっそく寝ながら空間感知するコツを教えてあげるわね」


 どうやらこれからセリーヌの個人授業が始まるらしい。暗がりの中、セリーヌがこちらに向き合うように横になっているのがぼんやりと確認できた。


「空間感知自体はもう簡単にやれているわよね?」


「うん、今もやってるよ」


「それを寝ながら維持するのって出来ると思う?」


「それは無理じゃないかなあ」


 寝たら途切れるだろう。常識的に考えて。


「でもあんただって、寝てるときは息はしてるわよね?」


「そりゃ、しないと死んじゃうからね」


「それと同じと思いなさい。やってて当然って思うことね。魔法は意志の力が大事よ。寝ながらでもやれて当たり前って思うことが重要なの」


 無理を言いなさる。それでできたら苦労はしないと思いながらも、この世界に生まれ落ち多少なりとも魔法を練習していく中で、魔法に意思の力が重要なのは俺にだってなんとなくわかる。ここは素直に従うべきだろう。


「……わかった、やってみる」


「まっ、もちろん私も空間感知はやっているから、今はまだ失敗してもいいわ。あんまり気負わず気軽にね。空間感知を維持することばかりに集中すると眠れなくなるわ。それじゃあ寝ずの番と同じになっちゃうからね」


「そう言われると、たしかに眠れなくなっちゃいそうだね」


 俺が軽く弱音を吐くと、近くで布がこすれる音がした。どうやらセリーヌが近づいてきたらしい――と思うと同時にセリーヌは二の腕を枕のようにして俺の頭を自分の胸へと引き寄せた。


 突然の柔らかい感触に頭の中が真っ白になるが、構わずセリーヌが俺の耳を自分の胸に当てさせる。


「……ほら、こうやると私の心臓の音が聞こえるでしょ。一定のリズムの音を聞き続けるのって、眠りを誘うものなのよ。あんたはこの心音と魔法にだけ集中していればいいの。それなら集中しながら眠れると思うわ」


 俺がいい歳なら、こんなことされると逆に寝てらんないと思うんだけどな。だが幸いなことに緊張も興奮もしなかった。


 心音を聞く……かぁ。前世でもメトロノームで睡眠誘導なんてのは聞いたことがあったし、効果はあるのかもしれない。


『ぐぬぬ……。うらやま死刑……』


 なにやら怨嗟の声が聞こえたが、気にせず心音と魔法に集中しよう。


 空間感知を広げながらセリーヌの心音を聞き続ける。トクン、トクンとセリーヌの心音が聞こえるが、それよりも俺の心を落ち着かせているものがある。それはまるで森の中にいるような穏やかな匂いだ。


 風呂にも入った後だし、これはセリーヌの元々の匂いなんだろうか。心音を聞いているよりも、この匂いに包まれているのがなによりも心地よい。うっかり空間感知を解除しそうになるが、それでは何の意味もないよな。俺は眠気に耐えつつ、空間感知を続け――



 ――いつの間にか眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る