110 セカード村再訪

 草原を一台の馬車がパカパカゴトゴトと音を立てながら進む。のどかな風景とはいえ、前回はいきなり殺伐とした野盗がやってきたからな。とりあえず油断はしないように心がけよう。索敵は怠らない。


 しかしヒマなのはヒマなのでデリカに話しかけてみる。


「ねえデリカ」

「ん? どうしたのマルク?」


 こちらを見ずに御者台のデリカが返事をした。デリカの赤毛のポニーテールが名前の通りに尻尾の様に揺れている。馬とシンクロしているみたいで見ていてなんだか面白い。


「その剣って本物だよね?」


「そうよ、さすがに木剣を持っていくわけにもいかないからね、父さんに借りたの」


 デリカが腰に帯びた片手剣をポンと叩いて見せる。その剣を包み込む木製の鞘には使い込んでいることが伺える幾多の傷があり、なかなか年代物のように見えた。ゴーシュはこんな剣も持っていたんだなあ。斧とか棍棒が似合うようなムキムキマッチョなのに。


「今回はセリーヌさんやマルクもいるし、剣で戦うってことはないかもだけど……。もしよかったらゴブリンくらいなら私にも相手させてほしいわ」


「そうだね。いいと思うよ。せっかくの機会だから頑張ろうね」


「うんっ」


 こちらからは顔が見えないが、デリカが嬉しそうに笑ったように感じた。たしかセカード村までの道中でも、たまにゴブリンを見かけるとは言ってたな。その時はデリカに頑張ってもらおう。



 ◇◇◇



 しかしその思惑とは裏腹に全く魔物の影を見ないまま、昼過ぎにはセカード村まで到着した。今回は荷台が軽いので馬の休憩を取らずに一気に進んだ形だ。昼寝から目覚めたセリーヌに声をかける。


「セリーヌ、今日はここの宿に泊まるんだよね?」


「ええ、そのつもりだけど……。そういえば村長さん一家と知り合いなのよね」


「うん、いつでも遊びに来いって言ってたし、とりあえず挨拶には行っておこうと思うんだ」


「そうね、行ってみましょ。もしかしたら泊めてくれるかもしれないしね」


 お金持ちなのに結構ちゃっかりとしているね。それを聞いたデリカが村長宅へと馬を操る。



 しばらくして村長宅に到着した。さっそく扉をノックすると、すぐに扉が開きセカード村の村長が顔を出した。


「村長さん、こんにちは」


「おお、ファティアの町の! 久しぶりじゃな。そちらの色っぽい方ははじめましてかの?」


「ええ、私はファティアの町で冒険者をしているセリーヌ。今はこの子たちの保護者みたいなことをしているわ」


 セリーヌは軽く会釈をして言葉を続ける。


「ギルド依頼で西の鉱山まで移動中なんだけど、今日はこの村で休ませてもらおうと立ち寄ったら、マルクたちがお世話になった方だって聞いたのでご挨拶に伺ったの」


「なるほど、そういうことでしたか。何もない村じゃが、ゆっくりしていってくだされ。それにマルクたちを世話したなんてとんでもない、こちらが世話になったんじゃよ。本来なら今日も泊まってもらい、夕食でもごちそうしたいところなんじゃが……。今は少々立て込んでおってのう」


 村長は困ったように白い眉を下げる。


「あら、どうかしたのかしら?」


「うむ、ひ孫のメルミナがな、ちょっと風邪を引いて熱を出しておるんじゃ。まあ大した症状ではないんじゃが、やはり安静にしないといけなくての」


 メルミナと言えば、俺と同じくアイテムボックスのギフト持ちの女の子だ。前回の訪問の際にギフトを発現させていた。ただの風邪とはいえ少し心配だ。


「……あの、よかったらお見舞いをしていっていいかな。僕の回復魔法じゃ病気は治せないけど、食料もたくさん買ってきているから、メルミナの好きそうなものをお裾分けさせてほしいんだ」


 回復魔法は怪我はともかく病気は治せない。怪我に比べて病気は色々と複雑なせいだと思う。ポーションで二日酔いが治ったりと体の不調に効くケースはあるが、あれは薬草の効能と光魔法がうまく組み合わさった結果なのだろう。全ての病気にでも効くわけではないと思う。


 お見舞いの提案に村長が顔をほころばせる。


「おおっ、それはメルミナも喜ぶじゃろう! ぜひ会ってやってくれるかの。丁度今はサンミナが昼食の世話をしているところじゃ」


 村長が俺たちを家の中に招き入れた。村長が言うには、今日はサンミナの母親はサンミナの代わりに漁に手伝いに出ており、サンミナが実家で子供の看病をしているのだそうだ。


 すぐに俺たちはメルミナが寝ている部屋へと案内された。扉を開けると、ベッドの傍らには黒髪を肩で揃えた少女――サンミナが椅子に腰掛けており、おかゆのようなものをベッドの上のメルミナに食べさせてる最中だった。


 サンミナが子供っぽいこともあり、相変わらず年の離れた姉妹のようにしか見えないけど、親子なんだよなあ。


「おや? 誰かが来たと思ったけど、少年たちじゃない、久しぶりだねえ。初めての人もいるね。どもー、サンミナです」


「サンミナお姉ちゃん久しぶり。メルミナは大丈夫かな?」


 おかゆを食べさせてもらっていたメルミナは身体を起こしたまま、火照ったような赤い顔でぼんやりとこちらを見ている。


「んー、ごらんの通りだね。まぁしばらくしたら良くなると思うから、あんまり心配しないでね?」


 そういって、サンミナはメルミナの頭をやさしく撫でた。やはり看病中と言うことで、以前ほどの元気はないようだ。魔法スキーなのにいかにも魔法使い然としたセリーヌを見ても騒いだりしない。


「はじめまして。私はセリーヌよ。……ちょっとお子さんを見せてもらえるかしら?」


「ん? どうぞ?」


 サンミナの許可を得たセリーヌはメルミナに近づく。そして屈み込むとメルミナのおでこや首筋を触ったり、胸に手をあてたりしている。


 しばらくすると立ち上がりこちらに振り返る。


「……やっぱりこの子は魔力風邪にかかっているみたいね」


「魔力風邪って何?」


 サンミナが戸惑いの声を上げ、俺に問いかける。いや、俺も知らないです。

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