109 出発

 翌朝。今日はセリーヌのギルド依頼に同行し、町を出発する日だ。爺ちゃんに貰った装備に身を包み、俺とニコラはセリーヌと共に家を出る。


「行ってらっしゃ~い」


 母さんが宿の前で見送ってくれた。子供が町の外に行くというのに心配どころか逆に少しご機嫌な様子の母さんは、この後すぐに爺ちゃんの弁当箱を取りに行くらしい。そしてまた弁当箱を差し入れておくのだと嬉しそうに語っていた。ちなみにドギュンザーの件は厳重注意しておいた。


「とりあえず待ち合わせ場所に向かいつつ、途中の店や屋台で食料を買っていくわよ」


 セリーヌの言葉に頷き、セリーヌの金で次々と食料品を買っていく。父さんの料理も昨日のうちにたんまりと収納しているのだが、どうせ余ってもアイテムボックスの中では腐らないということで、多めに買い溜めることにしたのだ。


「お兄ちゃん、アレも欲しい~」


 店頭に並んでいる果汁たっぷりのジュース瓶を指差すニコラ。結構お高い値段で、以前から何度も俺にねだっていたが俺が首を縦に振らなかった代物だ。この機会にセリーヌにねだるつもりらしい。


「セリーヌ、アレも買ってもらっていいかな?」

「ん? いいわよー」


 ほんとウチの妹がすいません。店員からジュース瓶を受け取りアイテムボックスに仕舞っていると、支払いを済ませたセリーヌが店から離れながら呆れた顔で俺を見た。


「それにしてもアイテムボックスって本当に便利ねえ。普通は旅の荷物に瓶入りの飲み物なんて、重いし割れるしで絶対に持ってはいけないものなのに、アイテムボックスの中だと平気なんでしょ? 私もそんなギフトを持って生まれたかったわ~」


「セリーヌは何かギフトを持ってないの?」


 セリーヌは手練の冒険者だし、持っていてもおかしくないと思った。だがセリーヌはふるふると首を振る。


「無いわよー。むしろ私が生まれた村にはギフトを持ってる鼻持ちならない奴がいてね、そいつにバカにされないように頑張って魔法の技術を磨いたのよねえ」


 セリーヌが苦虫を噛み潰したような顔をする。なんだか嫌な目にあったみたいだし、深くは聞くまい。だがきっとセリーヌは技術を磨くことで、そいつと渡り合うことができたのだろう。ギフトは生まれ持った才能の一部であって、それが全てではないのだ。


「その点マルクは偉ぶらなくていい子ね。そのまま大きく育つのよ~」


 そう言ってセリーヌは俺の頭を撫でた。そうだね、謙虚堅実をモットーに生きていきたいね。



 ◇◇◇



 買い溜めをしながら大通りを進み、南広場の噴水前に到着した。そこにはすでにデリカとその見送りのゴーシュが待っていた。


「ごめん、デリカ。待たせたかな?」

「ううん、いま来たところよ!」


 なんだかデートの挨拶みたいなことを言って合流だ。ゴーシュはセリーヌと何やら話をしている。保護者として挨拶をしておきたいんだろう。


 ちなみに今回はギルド依頼は表向きはセリーヌのソロ活動ということになる。俺たちはサポートメンバーだ。


 デリカは冒険者ギルドに登録を済ませているので、やろうと思えばセリーヌと共同で依頼を受けることも出来た。そうするとギルドランクの昇級に必要な実績が加算されるのだが、「ヘタに冒険者の実績になるとまた母さんが心配するから」と辞退した形だ。


 セリーヌへの挨拶を済ませたゴーシュがこちらにやってきた。


「デリカ、セリーヌさんとマルクがいるなら大丈夫だとは思うが、無茶はするんじゃねえぞ。せっかく一生のお願いを使ったんだから、この旅で何かを掴んでくるといいな」


「うん、父さん。頑張ってくるね」


 どうやらデリカは一生のお願いを通すことに成功したらしい。


 ちなみに一昨日デリカに「一生のお願いで衛兵の夢を応援してってお願いしたら駄目なの?」って聞いたところ、何言ってんだこいつって顔をされた。解せぬ。この世界には俺にわからないことがまだまだある。



 ◇◇◇



 ゴーシュと噴水前で別れた後は東門の方へと歩き、以前セカード村に行く時にお世話になった貸し馬車屋で馬車を借りた。


 町の外に用意された馬車は、セカード村に行った時の馬車よりも一回り小さいものだった。そのうえ前回のような箱型の馬車ではなく、屋根はあるものの柱で簡単に支えている、軽トラの荷台に屋根だけ付けたような形だ。


 セリーヌ曰く「箱型の馬車なんて視界が狭くなるし、危険なだけよ」とのことだ。確かに移動だけを考えるなら、こっちの方が軽いし便利なのかもしれない。


 そして馬車の御者はなんとデリカだ。


 無理にお願いして付いて行くんだから、それくらいはさせてくれとのことだった。さっそくデリカが御者台に乗り込み、座り心地を確かめる。


「セリーヌさん。大丈夫、いけるわ」


「そう、わかったわ。それじゃまずはセカード村を目指すわよ。デリカちゃん、疲れたらいつでも交代するからね」


「うん」


 俺たちが馬車に乗り込むと、御者台のデリカがコクリと頷いた。


 目的地が西の方角ということでセカード村を中継することになっている。それは爺ちゃんに会った後にセリーヌから聞いていた。


 そこで一泊するそうなので、ついでにテンタクルスも購入するつもりだ。母さんにも買い取り用のお金を預かっていたりする。


 そこまでの予定は聞いてはいたが、詳細は翌日デリカと集合してからまとめて説明することになっていた。


「それでセリーヌ、今回のギルド依頼ってなんなの?」


 馬車が動き出したので、さっそく聞いてみた。


「この領内でも西の端に鉱山集落があるの。セカード村よりももっと向こうね。そこからは一月に一回くらいの割合で行商人がファティアの町に来ていたんだけど、この二月ほどはまったく来てないらしいのよね」


 セリーヌは俺が出したクッションに腰掛けながら膝を抱える。俺はセリーヌの横に座っているが、セリーヌの真正面に座っていたニコラはスカートの中をガン見していた。


「それでその行商人と商売をしていた町の商人から、様子を見に行ってくれって依頼が冒険者ギルドにあったわけよ」


「へえー。でもそれくらいなら、こう言っちゃなんだけど、セリーヌが行くまでもないんじゃないの?」


 様子を見て戻ってくるだけなら、D級冒険者でも十分な気がする。ファティアの町に一人しかいないC級冒険者のセリーヌに頼むほどのことでもないような。


「それがねえ。知っての通り移動だけで往復一週間はかかるんだけど、その割に依頼料も大して目を引く値段じゃないのよね。依頼主からしてもただの商売相手の一人であって身内でもないわけで、『ちょっと気になるから見に行ってくれない?』くらいだから値段も釣り上げてないし」


 セリーヌがため息混じりに続ける。


「それにこの町の冒険者ってほとんどがパーティを組んでいるせいで、報酬を人数で割るとかなり残念な値段になるのよね~。そういうワケでしばらく放置されていた依頼を、リザが私に持ちかけたのよ。ソロで活動している私なら報酬は独り占めだから」


 なるほどそういうことか。


「まぁソロって言っても結局今回はかわいい子たちに囲まれながらのクエストになってるけどね~。報酬の分配については終わってから考えましょうか」


「あっ、セリーヌさん! 私はもちろん無報酬でいいから!」


「はいはい、わかったわよ~」


 セリーヌは手をひらひらさせながらデリカに答えると、クッションを枕にして横になった。いつもの扇情的な黒いドレスに包まれた胸も形をふにょんと変える。


「それじゃちょっと寝るからねー。デリカちゃん、疲れたり何か起きたらすぐに起こしてねん」


 そういって目を閉じた。前回の旅でも思ったが、俺は車の助手席では眠れない人間なので、こういう時に寝ることが出来る人は大物だと思う。


 しかし今回は別の理由でも眠れない。ギルド依頼に同行する俺の目的はセリーヌから様々なことを学び、身を守れる力を身につけることだからだ。


 すぐさまセリーヌの隣にくっついてセリーヌの抱きまくらと化した第二の大物を見ながら、俺は馬車に危険が及ばない様に、マナを薄く広げて周辺の索敵を開始した。

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