111 魔力風邪

 俺とサンミナからの視線を集めたセリーヌが腕を組みながら、魔力風邪とやらの説明を始めた。


「この子の中の魔力の器に貯まってるはずのマナがずっと少ないせいで、器の中の魔力が常に底を尽きかけるような、例えるなら鍋を空焚きするみたいな状態になっているわ。それが身体の不調に繋がっているの。魔力を頻繁に消費しているせいでこんな状態になっていると思うんだけど、なにか思い当たることはないかしら?」


「ずっと魔法を使ってるってことかな? ……あっ」


 問われたサンミナが考え込むと、すぐにポンと手を叩いて答えた。


「アイテムボックスを毎日のように使ってるから、それかもしれない」


「あら、アイテムボックスを持っているの? それならきっとそれね」


『えっ? アイテムボックスって魔力を消費するの!? 俺は消費してないよ?』


 突然湧いた新情報に驚きつつニコラに念話で尋ねると、ニコラは呆れたような顔をする。


『お兄ちゃんのは魔力に応じて容量が増えたり、鑑定ができる時点で普通じゃないですからね。普通は出し入れする大きさに応じた魔力を消費します』


 そうだったのか。良いものを貰ったとは思っていたが、俺が思っていた以上のものだったらしい。本当に神様には感謝しか無いな。


 それともう一つ疑問がある。


『なあニコラ、もしかして俺がいつもやっているマナをたくさん使って魔力の器を広げる特訓って、身体に良くないのか?』


『器の性質は人それぞれなんですよ。セリーヌは鍋の話をしてたのでそれに合わせると、メルミナは焦げやすい小さい鍋、お兄ちゃんのは焦げないしよく伸びる気持ち悪い不思議物質Xです』


『そ、そう……』


 なんだろうな。性能的には良いことのはずなのに、褒められてる気がしない。


『メルミナの場合、魔力を使うことで器は広がっているはずなんですけど、魔力の使用量と回復量が釣り合いが取れなくて負担になっているのでしょう。頻繁にアイテムボックスを使っていたせいで、器が休まることがなかったのでしょうね』


 器を広げるにしてもやみくもにやればいいものじゃないらしい。まぁ俺も最初の頃は魔力を使いすぎてふらついたりしたしな。俺たちがそんな念話をしている間にも、セリーヌとサンミナは会話を続ける。


「それじゃあしばらく魔力を使わなかったら、メルミナはすぐに治るのかな?」


「そうね。でも魔力を補充してあげれば、もっと早く治るわよ」


「魔力補充? どうやってやるの?」


「魔力がたっぷり練り込まれている物を飲ませてあげるといいわ。マルク、あんたのポーションとか」


 そう言ってサンミナが俺に顔を向けた。


「ポーションで魔力不足が回復するの?」


「いいえ、そこまでの効果はないと思うわ。でもポーションの魔力が馴染めば器の治療にはなるでしょうね」


 病気には効きづらいものだと思っていたけど、器に直に作用するなら効能も期待できるみたいだ。俺はあまり使い道のないD級ポーションを取り出す。


「お姉ちゃん、メルミナに飲ませてあげてくれる?」


「これってポーションなの? わかった、飲ませるね」


 サンミナが俺からD級ポーションを受け取ると、その小瓶をメルミナの口にそっとあてがった。


「メルミナ、ちょっとずつでいいから飲んでね?」


 すぐにメルミナの喉がコクコクと動く。しっかりと飲みこめているようだ。


『お兄ちゃん、回復魔法もかけてあげるといいかも』


 なるほど、魔力を器に馴染ませればやればいいのなら、回復魔法もよい影響を与えることができるのだろう。俺はベッドに近づいて、メルミナの背中をさすりながら回復魔法を発動させる。元気になーれ元気になーれ。


 メルミナの背中がぼんやりとした光を放つと、それを見たサンミナが目を丸くしながら驚いていた。そういえば回復魔法を見せるのは初めてかもしれない。


 そしてメルミナがポーションを飲み干すと、けぷっと息を吐き容器から口を離す。そしてきょとんとした顔で、


「……ママ、しんどくなくなったかも」


「えっ、ほんとに?」


 サンミナは頷くメルミナのおでこに手をあてる。


「……熱が下がってる! うおーメルミナー!」


 すぐさまサンミナはメルミナに抱きついた。さすが魔力の器の不調が原因だけあって、器が正常に近づけば回復は早いようだ。


 俺たちはサンミナが以前のように騒がしく喜んでいるのを、どこかほっとした気持ちでしばらくの間眺めていた。



「セリーヌさん、少年、ありがとね! いやあ、本当はね、普通の風邪とは少し違うような気がしてすごく心配していたんだ! 本当にありがとう!」


 ようやく愛娘を解放したサンミナは、こちらに振り返り感謝の言葉を伝える。その笑顔はまるで夏の太陽のように眩しい。やっぱりサンミナは元気なほうがよく似合ってるね。


「でもあのまま寝かせていても治ってたと思うわよ。まさか熱を出してもずっとアイテムボックスを使うようなことはしないと思うし」


「それでもだよ! これからはもう少しアイテムボックスを使う時は気をつけないと駄目だってわかったし、本当にありがとう。……それとポーションっておいくらなの? ちゃんとお金を払うよ!」


「いや、いいよ。どうせ自分で作ったやつだし」


「まあまあ少年、遠慮するなって! ねえねえ、いくらする物なの?」


「ええっと……。D級だから、卸値で金貨七枚くらいかな……」


 俺が恐る恐る値段を口にすると、サンミナが呆然とした表情で固まり。次の瞬間、腰をビシィッと九十度に曲げてお辞儀をした。


「少年! ゴチになります! その代わり晩ごはんをご馳走させてもらうから、みなさん是非ウチに泊まっていってね!」


「あら、いいの? 助かるわあ」


 元々泊まるつもりだった気がするセリーヌがしれっと答える。どうやら今回も村長宅にお世話になるようだ。食事の席ではきっとテンタクルス料理も振る舞ってもらえるだろう。今から待ち遠しいね。

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