54 セカード村観光案内

 まずは自己紹介だ。広場の中を歩きながら少女に話しかける。


「僕はファティア町のマルクだよ。八歳です。こっちが双子の妹の――」


「――ニコラだよ!」


 と、ニコラが愛くるしい笑顔を振りまく。だがさっきから念話で『褐色かっしょく娘の逆ナンきたー!』とうるさい。


 そんな俺たちの自己紹介に少女がキョトンとした顔を浮かべる。


「えっ、双子なんだ……? そっか、あんまり似てないね、少年ドンマイ! 私はサンミナ、十六歳。この村で漁師やってるんだー」


 さりげなく俺がディスられた気がするが、広い心で許そうと思う。


「お姉さんはあの湖でお仕事をしてるの?」


「そうだよ。魔物がいるから、あんまり深いところまでは行けないんだけどね! でも村で食べていく分にはそれで十分なんだー」


 こんがりと肌が焼けているのは水辺で働いているからなんだな。よく見るとサンミナと同じくらい焼けている人はちらほらいるみたいだ。


「今ここにいるってことは、今日はお仕事お休みなんだね」


「今日は町の人が来るっていうんでサボ……自主的に休んだだけだよ!」


 言い換えても意味はあんまり変わらないよね。俺が半目になってサンミナを見ていると、話をごまかすようにサンミナは片手を挙げてぐるっと一回転した。肩で切り揃えられた焦げ茶色の髪が傘のように広がる。


「えっと、はい! それでは村の案内します! まずはここ! 村広場でーす! ここで村の集会をしたり、お祭りを開いたりします!」


「どんなお祭りをするの?」


 ごまかされてるとは思うが乗っかることにした。


「大漁祭や収穫祭なんかだね。この村では春は漁獲物、秋は収穫物を神様にお供えをして、今年の漁獲、収穫への感謝と、来年の大漁、豊作をお願いするの。それでみんなで食べたり踊ったりするんだ。他には結婚式なんかもここでお披露目するねー」


 ファティアの町でも季節のイベントは色々とあるけれど、収穫を祝う名目のものは無かった。やっぱりこの村では漁業や農業が生命線だということで感謝の度合いが違うんだろうか。


 ファティアの町は領都への中継地点として栄えてるから、町の繁栄に対して何に感謝するかっていうと領都になりそうだしなあ。領都祭! …うん、ないな。


 そして案内は続く。次にサンミナは民家にしては玄関口が広い建物の前に立ち止まった。


「ここは村に一軒しかない宿屋! ファティアの町まで行く前に力尽きた旅人や冒険者が仕方なしに泊まったりするよ! 宿で出される魔物肉がヤバイと評判で事情通の人は他の村を経由するので、あまり繁盛はしてないけどね!」


「魔物肉を出すのを止めればいいんじゃない?」


「宿の女将には確固たる信念があるのです。『あの肉の味が分からないやつは客じゃない!』ってね。私もそう思うよ!」


 よくわからないけど、魔物肉が村人に愛されてるのだけはわかった。


「でも10人に1人のお客さんは逆に病みつきになってお得意さんになるので、宿が潰れるほどじゃあないので安心してね!」


 なんか変なものが入ってるんじゃないだろうな。全然安心できない。


「魔物肉は見た目がとても悪いんだっけ?」


「そう言われてるねえ。私はアレはアレでかわいいと思うんだけどな! それじゃあ次は、その愛すべき魔物が棲息している湖に行ってみようか!」



 サンミナについて歩いて行くとやがて目前に林が現れた。その先に湖があるようだ。林の中の道は広めに整備されており木々も間引かれてるようで、町の近くにある森のような圧迫感はない。涼しげで歩いていて気持ちがいい。


 湖に着くまではサンミナに魔法のことで質問攻めにあった。どんな魔法を使えるのか、魔法でどういうことをするのか、次はどんな魔法を使いたいのか。当たり障りのない範囲で答えた。


 どうやらセカード村には魔法を使える人が一人もいないらしい。サンミナが生まれる前に一人いたらしいが、十五歳で村を出たきりなんだそうな。基本的に魔法を使える人材は、高収入を夢見て村を出ていってしまうものらしい。


「私もねー。魔法が使えればねー」


「村から出ていきたいの?」


「ううん、そんなことないよ! 私は村が好きだし。でも魔法が使えれば便利じゃない?」


 たしかに便利だ。俺だって魔法がない生活はもう考えられないしな。魔法が使えなくても魔道具があるが、高価だったり機能が限定的だったり、やっぱり魔法の汎用性には敵わない。


「だから今日は魔法が見られて嬉しいんだー。遊具を一瞬で作るだなんて、あんなにすごいのは初めて見たよ! サボった甲斐があったね!」


 サボりと言い切りよった。でも魔法が褒められるのは嬉しい。後でサービスで何か見せてあげたいね。


 そんなことを考えてるうちに目前の林が途切れ、目の前に大きな湖が見えた。どうやらセカード湖に着いたようだ。


 湖は思っていた以上に大きく、こちらからでは対岸は見ることが出来ないほどだ。そして沿岸付近にはいくつかの船が浮かんでおり、船の上では日焼けした男達が網を投げかけたり引き上げたりと作業をしている。


 しかし岸から遠く離れた沖合には一隻の船もなかった。湖のど真ん中で魔物に襲われば逃げ場はどこにもなさそうだし、安全を考えれば沖合での漁業は自粛したほうがいいのだろう。


「今は魔物じゃなくて普通の魚を獲っているんだ。魔物は夜に獲るんだよ」


「夜の方が危険な気がするんだけど……」


「フッフー。それは色々と仕掛けがあってねー」


「そうなんだ。どんな魔物か見たかったんだけどなあ」


「あっ、それなら小さくて食べるのに適さないのは潰して肥料にするから、あっちに溜めてるんだ。見てみる?」


「見る!」


 見ないという選択肢はない。とはいえグロいらしいから心臓を叩いて挑まねばな。サンミナは桟橋の近くの小屋を指差した。


「ほら、小屋の傍に大きな壺があるでしょ? あの中に入れてるの。見るのはいいけど気を付けてね。素人さんには刺激が強いらしいから」


 三人で小屋へと進んだ。そしてニコラと目を合わせてコクリと頷き壺に近づく。俺の背丈よりは小さいので覗き込むことは容易そうだ。恐る恐る壺を覗き込んだ。


 壺の中には何体かの魔物が打ち捨てられていた。小さいものが貯められてるという話だったが、大きさは20センチに満たないくらいだろうか。十分な大きさのように思えるが、大きいものはもっと大きいのだろう。


 そしてその魔物の白いフォルムを見て、俺がまず思ったのは――


 ――これイカじゃん? 湖にイカ?

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