47 お好み焼き

 セジリア草+1の種を撒いた後、ニコラと共に厨房に入る。厨房では父さんと母さん、いわゆるパート従業員にあたるお手伝いのおばさんアデーレ、全員がフル稼働中だ。


 俺たちに気づいた母さんから振り返りざまに声をかけられる。


「あら丁度良かったわ。ふたりとも食堂を見に行ってくれる?」


「はーい」


 二人揃って食堂に向かう。ちょうど夕食の時間帯。テーブルはほとんど埋まっていたが、注文待ちのお客さんはいないようだ。


 とりあえずテーブルでも拭くかと考えていると食堂の扉が開き、黒いとんがり帽子に胸元の開いた黒いドレス、深いワインレッドの長い髪の女性――セリーヌが入ってきた。


「あら、マルク、ニコラちゃんこんにちは。さっそくだけどエールとお好み焼きよろしく~。あ、一緒に持ってきてね?」


 そう言うとセリーヌはカウンター席にドシンと座った。昨日出発して今帰ってきたようだが、ずいぶんお疲れのご様子だ。


 二年ほど前に魔法キャベツを収穫したのと同時期に父さんにお好み焼きのレシピを提供してからというもの、お好み焼きはウチの人気メニューになった。作った当初は生地はともかくソースの方をうまく再現できずに随分苦戦したんだかれども、半年ほどの研究の結果、見事にお好み焼きに合うソースを作ることに成功した。……俺じゃなくて父さんがだけど。


 今では噴水広場の屋台でも、ウチのお好み焼きを模倣もほうしたバッタもんがあちらこちらで売られている。もちろんそれをパクりだなんだと言うつもりは無い。


 俺だって前世から拝借したアイデアだし、むしろパクりからたくさんのバリエーションが増えてくれれば嬉しいと思う。いつか俺の知らない新たなレシピが誕生するかもしれないからね。今のところはウチのお好み焼きが食材の品質、料理人の腕ともにダントツでおいしいけど。


 厨房に戻り父さんに注文を伝える。しばらく後、出来上がったお好み焼きを父さんから受け取った。


 表面で鰹節かつおぶしが踊っていたら最高なんだが、残念ながら鰹節は入手出来ていない。更に今は豚玉しかなく、イカの存在が不明なのでイカ玉も作れていなかったりする。この町は海に面していないからか、魚類に関しては色々と物足りない。


 いつかは海に面した町にも行ってみたいなと思いつつ、お好み焼きとエールをカウンターに運んだ。


「ありがとー」


 セリーヌはお好み焼きをナイフとフォークで一口大に切って口に運び、むしゃむしゃと頬張りエールを一気飲みした。そしてエールのグラスをドシンとテーブルに置き、


「ぷはーうまいわー! この一杯のために生きてるわー!」


 その気持ちはわからんでもない。わからんでもないけど……こんなに美人なのに、なんとも残念な姿だ。どんどん独女化が進んでいるように思える。かれこれ三年ほどの付き合いになるが、未だに男の影を感じたことはない。


 もうこの食堂で彼女をナンパするような度胸のある男はめったに見かけないし、たまに誰かと一緒にいるのを見かけても、頼りなさげな新米女性冒険者にお節介を焼いているようなのばかりだ。


 男に対してアタリがキツいようにも見えるので、もしかしたら男よりに女性の方が好きなの人なのかしらんと思ったりもするけど、なんにせよ本人は幸せそうだし、変に気を回す必要もないだろう。


「昨日からどんな仕事に行ってきたの?」


「納品依頼でストーンクロウラーの外皮を取りに行ってきたわ。1匹分で金貨3枚だから飛びついたんだけど、生息地まで遠くて結局野宿するハメになったのよねえ。地図通りだと往復で一日で帰ってこれる予定だったのに、あの地図絶対に縮尺がおかしいわ……」


「地図なんかも見せてくれるんだね」


「依頼主お手製のね。ほんと適当な地図で大変だったんだから。あんなんじゃリピーター付かないわよ全く……」


 ぶちぶち文句を言い始めるセリーヌ。色々と鬱憤が溜まってそうなので今日はサービスしてあげよう。


「それじゃあ今日はポーション風呂に入る? 疲れも吹き飛ぶよ」


 文句をピタリと止め、セリーヌがすごい勢いでこちらを向く。


「いいの? ありがとう! いやー、今日はお風呂で気分をスッキリさせたいなと思っていたのよね!」


 そう言ってセリーヌはバクバクとお好み焼きを食べ始めた。よっぽど早く入りたいらしい。


 ポーション風呂とはそのまんま、ポーションの風呂である。


 魔法の特訓の一環でポーション作りは薬草がある限り延々と続けているんだが、売れないのでどうしても余る。そこで試しにE級ポーション数個を浴槽に入れてみたところ、疲労回復効果やら美肌効果やらが体験した母さんやセリーヌから報告されたのだ。


 もう原液で浴槽何杯分かのE級ポーションがアイテムボックスには溜まっているんだが、さすがにもったいないので一回につき五個と決めた。


「ありがたくお風呂をいただくつもりだけど、ほんと贅沢な使い方ね。少しならポーション分も支払うわよ?」


「どうせ余ってるし、セリーヌはたまに僕のポーション買ってくれてるからね。それで十分だよ」


「そりゃマルクの腕は私がとっくに見込んでるもの。実際E級の効果あるんだし、よそで買うくらいならマルクから買うわよ」


 1個につき銀貨7枚での販売だ。俺はギルドを介さず売れるしセリーヌは少し安く買える。ウィンウィンの関係なのだ。


「それで十分稼がせて貰ってるから、気にしないでいいよ」


「そっか。それじゃありがたく入らせてもらうわね。お礼に一緒に入ろっか? 全身くまなく洗ってあげるわよん?」


「はいはい。それじゃ準備してくるねー」


 からかい口調のセリーヌを受け流してカウンター席から離れる。


『からかっているように聞こえますけど、頷けばきっと一緒に入ってくれますよ? お兄ちゃんももう八歳。そろそろお誘いも最後かもしれないのに、もったいないですねえ』


 後ろでテーブルを拭きながら話を聞いていたニコラから、ニヤついた声の念話が聞こえた。そんなことを言われても、未だに体が性に目覚めていないせいか、積極的な気持ちにならないしな。


 ニコラのいらぬおせっかいに軽くため息をつきながら裏庭へと向かう。そして俺の背後では


「セリーヌお姉ちゃん、一緒に入っていーい?」

「いいわよー」


 お手伝い中というのにサボる気マンマンのニコラの声が聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る