48 金貨5枚のお風呂

 裏庭の隅にある風呂小屋に到着した。隅っこにあるにもかかわらず、存在感は半端ない。


 思えばこのお風呂小屋も立派になったもんだ。最初の頃は崩落の危険を考えてデリカの店から貰った廃材で屋根を作っていたけれど、今ではそれなりに魔法の自信もついたので、土魔法でしっかりとした平屋根に作り変えている。


 ついでに薬草を育てる場所も広げようと思いつき、階段を備え付けて上に登れるようにして、屋根にも花壇を作った。セジリア草+1の種を植えたのもここだ。


 風呂小屋に入り、まずは掃除を始める。小屋の中に備え付けているブラシで浴槽を軽く擦ってから水魔法で洗い流した。雑な掃除だと思わなくもないが、お湯に含まれるマナの影響なのか水垢なんかは見たことがない。


 後は水魔法と火魔法を併用して生み出したお湯を浴槽に入れる。手の平がまるで巨大なホースの口になったかの様に、ドバドバとお湯が浴槽に注ぎ込まれていく。前世ではありえない光景だが、最近はこの光景にも慣れてきた。


 最後にアイテムボックスからE級ポーション5個分を浴槽に投入した。もともと色素が薄めのポーションなので、浴槽に入れても見た目は全く変わらない。しかしこれでなかなかの効果なのである。


 初めて試した時の母さんやセリーヌのはしゃぎっぷりといったらなかった。俺から見たら二人とも十分若いし綺麗だと思うんだが、本人的には色々と思うところがあるらしい。とにかくこれで準備完了だ。



 風呂の準備が終わったので食堂に戻り、セリーヌに声をかける。


「準備終わったよ。いつでも入っていいからね」


「ありがとー。それじゃさっそく行ってくるわ」


 どうやらもう食べ終わったらしい。セリーヌはカウンターに食事と風呂の料金を置くと、飛び跳ねるように歩きながら外へと向かう。


 そしてニコラもそれに付いて行こうとするが、母さんに捕まり首根っこを掴まれていた。後ろを振り向いて色々と察したセリーヌはニコラに軽く手を振り、一人で外に出ていった。



 ◇◇◇



 夕食のピークが終わった。ニコラと一緒に食器洗いをしていると、お手伝いのおばさんが帰り仕度を始める。俺が生まれた頃から、昼食から夕食が終わるくらいの時間までパートタイムで働いている近所のおばさん――アデーレだ。


「それじゃあ今日は帰りますねえ。……っと、痛つつ」


 アデーレが自分の腰をさすって顔をしかめる。


「おばさんどうしたの?」


「ああ、今日は重い物を持った時にちょっと腰をやっちゃったみたいでね。明日までには治るといいんだけどねえ」


「そうなんだ。ちょっと待って」


 俺は手を拭うと、アデーレの腰に手をあて、光魔法の一種である回復魔法をかける。手のひらから薄ぼんやりとした光が漏れた。


「……どうかな?」


「あら? ……あらあらあら! 痛くなくなったよ! マルクちゃんが土魔法を使えるのは知ってはいたけど、光魔法まで使えるのかい?」


 俺がコクリと頷くと、アデーレが感心したように続ける。


「はあ~、旦那さんもレオナさんも自慢のお子さん達でうらやましいよ。それに比べてウチの上の子なんて冒険者になるって出ていったきりロクに帰ってきやしないし、下の子は鍛冶屋の弟子になったまでは良かったけど、家に帰ってきてはもうキツいから辞めたいってそればっかりでねえ。その点マルクちゃんは魔法が得意だし将来は宮廷魔術師かい? ニコラちゃんもこんなにかわいいんだからお貴族様のお眼鏡にかなえば玉の輿にも乗れそうよねえ」


 将来は宮廷魔術師ってのは、末は博士か大臣かみたいなアレかな。何にせよ貴族と関わり合いになるのって面倒なイメージしかないから勘弁したいところなんだけど。ニコラも同じらしく、苦い表情を出さないように笑顏を顔を貼り付けているのがわかる。


 父さんもおばさんトークになんて言っていいのか分からず、愛想笑いしながら頬を掻くだけだ。そしてアデーレのいつもの話相手である母さんは今は食堂の掃除中だ。


 打っても響かない俺達に空気を読んだアデーレは、


「……っと、話が長くなってしまったね。それじゃあまた明日よろしくお願いしますねえ」


 と会釈をして帰っていった。後はカチャカチャと食器を洗う音と父さんが食器棚に食器を片付ける音だけが響く。



 しばらくすると母さんが帰ってきた。


「あれ? アデーレさんもう帰っちゃった? 腰が痛いって言ってたから後でマルクに見てもらおうと思ってたんだけど」


「それならもう治したよ」


「そっか。マルクありがとね~。……それにしても最近はマルクやニコラに手伝って貰っても前よりもずっと忙しいわねえ。そろそろもう一人くらい雇ったほうがいいのかもしれないわ」


 母さんは軽く息をつき、父さんが思案顔で頷く。


「あっ、そうだわ! マルクの行ってる教会学校もそろそろ年長さんは見習い仕事を始めたり、お家の仕事を手伝う子もいるでしょう? ウチで働けるようないい子はいないかしら?」


 教会学校は十二歳までだ。とはいえ俺がよく知ってる年長組といえばデリカとジャックくらいしかいない。


 ジャックはラックに付いて冒険者を始めたので、教会学校には滅多に来なくなった。デリカの方は今でも通ってるし、空き地でも会うから今度聞いてみようかな。


「それじゃあデリカ親分に聞いてみるよ」


「ああ、デリカちゃんがいたわね! あの子なら元気に働いてくれそうだわ~。それとマルク~? 親分なんて呼んじゃダメでしょ?」


「親分が自分でそう呼べって言ったんだよ」


「前はそうだったかも知れないけど……。うーん、まあいいわ。デリカちゃんに聞いてみてね」


「うん、わかったー」


 最近はデリカ自身も親分呼びに抵抗があるような素振りを見せている。とはいえ自分から言った手前、止めてくれとはまだ言えないみたいだ。俺やニコラが親分と呼ぶたびに微妙な顔をするデリカを見るのは正直楽しい。


 それはさておき、以前は町の衛兵か冒険者になりたいと言っていたデリカだが、最近はそういう話はとんと聞かなくなった。明日はその辺も聞いてみようかな。

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