43 軟膏作り

 昨夜の花壇はいったいなんだったのか。昨夜は俺が眺めている間に光はふっと消え失せてしまい、詳細はわからずじまいだった。翌朝目覚めた俺は急いで花壇へと向かった。


 花壇のセジリア草には小さな花が咲いていた。昨日ほのかに光っていたのはこの花で間違いないだろう。


 コボルトの森には花の咲いたセジリア草はなかったが、こちらに移し換えて土中のマナを吸収した影響だろうか? しかしそうなると空き地に植えている魔法トマトも夜な夜な光っていたのかということになるけれど、そういう話は聞いたことがなかった。


 うーむ、ポーションに使われる薬草だから光属性のマナと親和性が高いとか、そういう理屈なんだろうか。とにかく花が咲いたなら、しばらくすれば種も収穫できることだろう。セジリア草の栽培は完全に成功したと言えるね。やったぜ。



 ◇◇◇



 更に一週間が経過した。種を収穫し、その種を新たに花壇に蒔く。そして最初に植えた分のセジリア草を収穫した。そして今回の収穫分でまずは塗り薬を作ってみることにした。


 厨房に行き、すり鉢とすりこぎ棒を借りた。そして厨房の片隅でゴリゴリとすり潰す。ちなみに今日はスペシャルアドバイザーとしてニコラに付いてきてもらっている。


 ゴリゴリゴリゴリゴーリゴリとセジリア草をすり潰していると、草からねっとりとした水分が滲み出してきた。


「マルク、今度は何をしているの?」


 母さんが興味深げにすり鉢を覗き込んでいる。


「こないだ植えた薬草をすり潰しているんだ」


「そういえば花壇が出来てたわね。なんの草かしらと思ってたんだけど薬草だったのね~」


 そういや報告を忘れていたな。とはいえ薬草の出どころを聞かれると説明しづらいので、曖昧に言っておこう。


「あー、うん。薬草を貰ったので栽培してみたんだ」


「へえ~。マルクは色々出来て偉いわね~。それでこれって何に効くお薬なのかしら?」


 ピタリとすりこぎ棒を持つ手が止まる。そういや何に効くんだろう。


『光属性のマナが含まれる薬草ですし、火傷や擦り傷みたいな軽い怪我なら大体治ると思いますよ』


 ニコラから助け舟が出たので、そのまま母さんに伝える。


「まあ! それならキッチンに置いておくにもいいかもしれないわね。たくさん出来たら母さんにも分けてちょうだいね~」


 父さんはそうそう無いが、母さんはたまにキッチンで怪我をする。そういう時は俺の回復魔法の実験台になってもらっていたんだが、俺が外に出かけてる時に怪我することを考えると薬はあったほうがいいな。


「もちろんいいよ。でも怪我には気をつけてよね」


「は~い。マルクはやさしいいい子ね~」


「ママ~、ニコラは?」


 ニコラが母さんに抱きつきながら甘える。


「もちろんニコラもやさしくていい子よ~!」


 母さんがニコラの頭を撫で回す。そうこうしているうちに、すり鉢の中身はどろりとした緑色のペースト状に変わっていた。


 とりあえずすり鉢の中身をアイテムボックスに取り込んで鑑定してみる。


《軟膏 セジリア草》と表記された。


 鑑定で見る限りはしっかりと薬になっているようだ。しかしどのくらいの効果があるのか分からない。薬の効果を確かめたいが、実験で自分で指を切ったりするのもちょっと怖いよね。


 そんなことを考えていると、ニコラが俺の腕を揺すりながら


「お兄ちゃん、お仕事が終わったのなら空き地に遊びに行こ~?」


 とかわいらしくおねだりした。なるほどそういうことか。


 俺は軟膏を土魔法で作った高さ五センチくらいの小さい壺に詰め込んだ。イメージ的には前世でよく見かけた白い軟膏のSサイズだ。蓋はねじ込み式じゃなくてはめ込み式だけど。


 そして小壺をアイテムボックスに収納し、空き地に行ってみることにした。



 ◇◇◇



 空き地に到着すると、公園スペースで若奥様方が談笑し、子供たちが駆け回って遊んでいた。


 俺は普段と変わらぬ様子で畑をいじりながら公園の方を窺う。しばらくする二人でかけっこをしていた子供のうち、金髪の男の子が派手に転んだ。公園ではよく見かける光景だ。


 異変に気付いた若奥様がすぐさま駆け寄る。そして俺とニコラも男の子の元に向かった。


 男の子は膝を擦りむき泣き出す一歩手前のようだが、若奥様になだめられて何とか耐えている様子だ。


「あの~、大丈夫?」


 俺の呼びかけに若奥様がこちらを向いた。若奥様は目元がキリッとしたまだ二十歳になっていないような女性だ。この国では若くから結婚する人が多いようで、この歳で子供がいてもそれほど珍しくもなかったりする。ウチの両親も若いしね。


「あら、マルクちゃんとニコラちゃん。ほら、リッキー。お兄ちゃんとお姉ちゃんが来たわよ? 強いところを見せないとね?」


 若奥様に発破をかけられたリッキーはコクリと頷き、口元をぎゅっと結んで涙をこらえた。微笑ましい光景に思わず頬が緩むが、俺の目的はそこではない。


「よかったらこれ使って? 傷薬なんだ」


 俺はズボンのポケットから軟膏入りの壺を取り出した。


「あら、いいの? それじゃあ使わせてもらうわね」


 俺のような子供から渡された得体の知れない物を若奥様が無条件に信じてくれたのは、公園の創造主として認知されているお陰かもしれない。


 薬を塗る前に俺が水魔法で患部の砂を洗い流す。その後に若奥様が緑の軟膏をリッキーの傷口にやさしく塗った。


 すると効果はすぐに現れた。血が止まり傷口が塞がり始めている。


「……もういたくないよ! ママ!」


「まあ、リッキーは強い子ね。……えっ、もう傷が塞がってるの!?」


 若奥様がリッキーの膝を見て、目を丸くして驚いた。そこにあったはず傷はもうすっかり消えている。どうやら軟膏はしっかりと効果を発揮したようだ。


『ヒヒッ、人体実験成功ですね、博士』


『助手よ、人聞きの悪いことは言わないでくれたまえ……』


 身も蓋もないことを念話で伝えるニコラをジトッとにらみ、俺は若奥様に声をかけた。


「この薬、たくさん作ったから、良かったら貰ってくれる?」


 本当は一個しかないが、実験台になってくれたお礼だ。この年頃の子供を持つ親なら、いくらあっても足りない代物だろう。


「マルクちゃんが作ったの? 本当にすごい子ね……。それじゃあ遠慮なく頂くわ。ありがとね」


 若奥様が俺の頭を撫でる。リッキーが羨ましそうな顔をしてこちらを見ているのに気付いた若奥様が「泣かなくて偉かったね」とリッキーの頭も撫でた。


 それをほっこりと眺めつつ考える。どうやら軟膏は成功したようだ。普通の薬草よりも品質のいいセジリア草なので、おそらく効能もそれなりに高品質の代物になっていると思う。


 そして軟膏でこの効果なら、光属性のマナを練り込むポーションだと、どれくらいの効能になるんだろう。なんだかワクワクしてきたね。

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