42 魔法キュウリ
薬草を植えてから数日が経った。どうやら今のところはウチの花壇でも問題なく育っているようだ。
コボルトの森の泉の周辺もマナを含むいい土だったし、やっぱり土のマナの有無が大きなポイントだったのかもしれない。
そして薬草ばかり気にしていたけれど、シスターにもらったキュウリとキャベツも忘れちゃいけない。こちらもすくすく元気と育っている。
特に魔法キュウリは3日くらいで収穫出来た。魔法トマトに比べると半分くらいの早さだ。でも正直なところ、キュウリってあんまりたくさん作っても困るんだよね。
もちろん味はウマーイんだけど、食事ではワンポイントにしか使えない食材だと思う。酒のつまみには丁度良さそうなんだが、ウチの宿はそれほど酒は提供していないしな。ギルにも自分の家で使うなら一日一本もあれば十分と言われてしまった。
そういうことで、魔法キュウリは種をくれたリーナにおすそ分けすることにした。
◇◇◇
教会学校の日の朝、ニコラと共にデリカの家に行き、それから教会に行くよりも先に空き地に寄ってもらう。
空き地に到着するとデリカが呆れ顔でつぶやく。
「……私達の隠れ家が本当に隠れているわ」
空き地の敷地の割合からいうと、畑5公園4秘密基地1くらいの割合になってしまっている。ある意味本望なんじゃないの? と言いたくなったが、藪蛇になりそうなので止めておいた。
「これ以上は畑を広げられそうにないから心配しなくてもいいよ」
「ふーん、それならいいけど。でもマルクならそのうち町の外に農場を作りそうね」
「町の外だと土地もだいぶ安いんだっけ」
「……外は魔物の被害なんかも起こりやすいし、その分だいぶ安いと聞くよ」
ユーリが教えてくれた。賢い少年である。
「まあ、今はこのくらいで十分だよ。農業をしているおじさん達は毎日大変そうだしね」
今の魔法野菜にかけている手間を農場レベルまで広げると、日が沈むまで精一杯働く必要がある気がする。しっかり販路を開拓すれば、それなりに食っていく分の収入を得ることはできそうだけど、六歳児としては夢は大きく持っておきたい。今は深く考えずに魔法訓練の一環に留めておこう。
そんなことを考えながらキュウリをもぐ。ちなみに畑スペースと双璧をなす公園スペースには今はまだ誰もいない。奥様方は朝の家事に追われているのだろう。
俺が公園の方に顔を向けていると、デリカが思い出したように声を出した。
「あっ、そういえば、シーソー! 発注がたくさん入ってきてるって父さんが言ってたわ!」
公園に作った遊具の中に、去年の年末に作ったシーソーがある。支点と板をつなげる部分を土魔法だけで補うのは随分苦労をしたが、今では滑り台と並ぶ人気遊具だ。
その話をデリカとユーリから聞きつけたデリカの実家「ゴーシュ工務店」店主、デリカパパのゴーシュが空き地に見学に来たのだ。そしてその場でしばらく考えた後、ウチでもシーソーを作って商売していいかと打診してきた。
木材と金具なら土魔法で作るよりもオリジナルに近い良い物が作れるだろうし、特に断る理由もないので快諾したのだ。
町で裕福な庭付きの家に住んでいる小さな子供を持つ親に売りつけるとか言っていたんだが、繁盛しているようで何よりだね。
「それで父さんが是非お礼をしたいって言ってたの! でも何をあげればいいか分からないから聞いといてくれって!」
「お、お姉ちゃん、それとなく聞いておいてって言ってたよ……」
「あっ!」
デリカが慌てて両手で口を隠した。彼女にしては珍しくお可愛い仕草ですこと。
「あはは、聞かなかったことにするよ」
ちなみにこの世界にシーソーが存在するかどうかは知らないが、ギルにそれとなく聞いたところ知的財産権なんてものは無いようだ。リバーシで一儲けが出来なくて残念ではある。
とはいえ、デリカパパが子供のアイデアもろパクリで稼いでしまって気にかけるのもわかる。でも特に欲しい物もないしなあ。
「今は欲しい物は特にないし、気持ちだけで十分だよ」
とりあえずそう言って話を終わらせた。デリカは納得いかない様子だが、無いものはしかたない。
『将来、「あの時のお礼をいただきに参りました。お嬢さんを僕にください!」とか言うつもりですね、わかります』
ニコラが念話を飛ばしてきたがスルーした。
◇◇◇
魔法キュウリをもいだ後は教会へと向かった。魔法キュウリをザルいっぱいに入れているので先にシスターに渡したいところだ。
デリカとユーリとは教会入り口で別れ、とりあえず裏庭を覗きにいく。孤児院と裏庭くらいしかリーナのいそうな場所を知らないからだ。
するとそこに運良くリーナがいた。授業が始まる前に畑に水をやっているようだ。リーナに声をかけ、ザルごとキュウリを手渡す。
「まあっ、とても立派なキュウリですね! ありがとうございます」
眩しい笑顔でキュウリを受け取るリーナ。シスターにキュウリをおすそ分けするのって何だかセクハラっぽいよねとか思っていた、さっきまでの自分をぶっ飛ばしたいです。
授業の時間が迫っていたので、用事を済ませた後はすぐにリーナと別れ教室へと向かう。
教室に入ると既に教室入りしていたジャックと目が合った。すると「よう」と手を上げてきたので上げ返す。
あの後ラックにこっぴどく叱られたんだろうか。なんだか憑き物の落ちたようなスッキリとした顔をしているように見える。
そしてラングのいる席へと向かい、薬草の件は何とかなりそうなので、一株もってこなくても大丈夫と伝えた。これで教会の用事は終わりだな。あとは楽しくお勉強だ。
◇◇◇
そして今日も一日が終わる。
寝る前に外を見ると、花壇が薄らぼんやりと光を放っていた。セジリア草の花が光っているのだろうか。とても幻想的できれいだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます