41 神からの贈り物

 無事に森を抜けた俺たちは、草原を町に向かってひたすら歩く。地面を照り付ける日差しはすっかり弱々しいけれど、どうやら夕方までには帰ってこれたようだ。


 あともう少しで門が見えるというところで、不意にニコラに腕を掴まれた。おおっと、すっかり忘れていた。そういえば壁を乗り越えて外に出たんだった。


「ラック兄ちゃん、僕らは壁を超えて帰るね」


「ああ、そうだったな。近くの住人に見つからないようにしろよ? コイツとも口裏合わせておくからな」


 ジャックの頭をガシガシと撫でながらラックが言った。ジャックは「分かったよ」と言ったきり、気の抜けたような表情でラックにされるがままだったが、おそらく森を横断した疲れが今頃になって出てきたんだろう。


 そして俺とニコラはラック兄弟と別れ、行きと同じ様に階段を作って町の中へと戻った。壁に登るまで向こうの様子は分からないので見つからないか不安だったが、ニコラ曰く今は近くに誰もいないとのこと。


 その言葉を信じて壁を乗り越えると、たしかに周辺には人っこひとりいなかった。


 そういえば、今日一番びっくりしたのはニコラの感知能力だ。少なくともセリーヌがやっていたくらいの索敵はできるみたいだし、さらには大岩に隠れていたジャックすら見つけてみせた。


 魔法でどうにかしてるのか、それとも他の何かなのか。ついでなので聞いてみた。するとニコラはあっさり「ギフトですよ」と答えた。


「私のは上司から与えられた、まさに神からの贈り物――ギフトですが、索敵自体は技術を磨き上げることで身に付ける人もいます」


 俺のアイテムボックスのように、生まれたときに持っていなければ後天的に発生することのない特殊能力がギフトと呼ばれる。


 後天的に身につけることが出来るたぐいの技能はギフトとは呼ばれない。ニコラの感知能力は一般技能とはまったくの別種ということだ。


「セリーヌなんかは魔力を用いて索敵をしているようでしたね。私のギフトとは違うアプローチですが、そっちならお兄ちゃんも使えるようになるかもしれませんね」


 なるほど。便利そうだし、そのうちセリーヌに教えてもらおうかな。


「ちなみに私はもう一つギフトを授かってます」


「ええっ、マジでか。どんなの?」


「それは秘密です。今回は特別でしたけど、お兄ちゃんが私を頼るようになったら、私が楽できなくなるじゃないですか。私がお兄ちゃんに寄生するのはいいですけど、逆はナシです」


 ニコラは両手を交差してバッテンの形を作った。まぁこれ以上追求しても教えてくれなさそうだし、ひとまず置いとこう。それよりニコラに言いたいことがあった。


「ニコラ、今日はありがとうな。お陰で助かったよ」


 俺がそう言葉にすると、ニコラは軽く肩をすくめ、疲れたような声を出した。


「まぁ、お仕事もたまにはやっておかないといけませんからね。気にしないでください」


 そう言ってくるりと背中を向けると、家に向かって歩きだした。



 ◇◇◇



 そうして俺達は家へと帰ってきた。裏口から入ると父さんと母さんが厨房で仕事をしている姿が見える。これから少しづつ忙しくなる時間帯だ。それまでに帰ってこられたことに、ホッと胸をなでおろす。


「ただいまー」


「ただいまパパママ!」


 俺たちの声に皿の盛り付けをしていた母さんが振り返る。


「あら、おかえり二人とも。丁度良かったわ。マルク、手を洗ったら、このお料理を食堂に持って行ってくれる~?」


「うん、わかったー」


 どのテーブルと言わないってことは、今はお客さんは一人なんだろう。水魔法で手を洗い、さっそく皿を食堂に運ぶ。皿の上には日が暮れる前に食べるにしては重い料理が乗っている。早めの夕食だろうか。


 食堂に入るとセリーヌがいた。セリーヌはこちらに気付くと手をヒラヒラと動かし、俺の持つ皿を待っている。


「おまたせしました。セリーヌもう夕食? 早いね」


 ゴトリと皿をテーブルの上に置く。


「今日は昼ご飯抜きでぶっ通しで畑の見張りをする依頼を受けてきたからね、お腹が空いてるのよ」


 さっそく皿の上の料理をガツガツと食べつつセリーヌが答える。そしてふと顔をこちらに向けると、鼻をクンクンと鳴らした。


「……なんだか森くさいわね。外に行ってきたの?」


「え、いや、まあ……」


 思わぬ追求にしどろもどろになる。


「……フーン。ま、深くは聞かないけど。ご両親を心配させちゃ駄目よ~」


 それだけ言うと目の前の料理に集中し始めた。冒険者って鼻が利くんだなあ。そのまんまの意味で。



 ◇◇◇



 そして翌日の朝、俺は薬草を植えるため、家の裏庭へとやってきた。昨日は家の手伝いをしているうちに暗くなってきたので、薬草を植えることはできなかったのだ。


 薬草が実際に育つかどうか観察が必要だと思うので、空き地ではなくこっちに植えることにした。ちなみにいつものことだがニコラはまだ熟睡中だ。 


 まずは土魔法で囲いを作ることにする。高さ二十センチほどの円柱型の石をたくさん作り花壇予定地を囲む。こちらでは見たことがなかったが、前世でよく見かけたアレである。そういう花壇っぽい体裁を整えていると、背後から声をかけられた。セリーヌだ。


「おはよう、マルク。なにか植えるの?」


 まだ朝方ってことでいつもの胸元を強調した黒いドレスは着ていないし、黒いとんがり帽子も被ってない。ゆったりとした白のワンピースだけをシンプルに身にまとっている。ギャップ萌えでも狙っているんだろうか。フフン、そんなことをしても俺には通用しないんだからねっ!


「うん。これを植えるんだ」


 昨日採ってきたセジリア草を見せる。


「これはコボルトの森の……。ハハーン、そういうことね」


「そういうことなんだ。あの、一応ラック兄ちゃんが同行してくれたし、黙って外に出たのは内緒にしてね?」


「わかったわよ。昨日も言ったけどご両親には心配させないようにね? それじゃ早く植えてみせてよ」


 セリーヌが花壇を指差して俺を急かす。どうやら薬草の栽培に興味があるようだ。外出の話をあっさり流してくれたのは助かる。


 今回は持ってきた物をそのまま植えるだけだ。アイテムボックスに収納されていたすべてのセジリア草を花壇に植え直し、土には目一杯のマナを注入してみる。


 作業をしている間にセリーヌに聞いてみる。


「採ってきておいてなんだけど、薬草ってどうやって使うの?」


「すり潰して塗り薬にするのが一番簡単な使い方ね。後はすり潰したものを水と混ぜて光属性のマナを溶かし込んでポーションも作れるわ」


 ポーションかー。よくは知らないけど、単なる塗り薬よりもそっちのほうが夢が広がりそうだ。栽培に成功したらそっちの方向で試してみるかな。


 しばらくして全てのセジリア草が花壇に植えられた。


「さて、これで今日は終わりだよ。後はここで育つかどうかかなー」


「さすがにすぐに結果はでなさそうね。よし、それじゃ朝のお風呂に入ってくるわ。ねえマルク、背中を流してくれる?」


 セリーヌがワンピースをつまみながら、俺に向かってウインクをする。相変わらず俺をからかうのは止めないらしい。


「当店ではセルフサービスになっておりまーす」


「あらん残念。ふふ、それじゃあねー」


 そう言って笑い合いセリーヌと別れる。すると突然念話が聞こえた。


『相変わらずヘタレで笑えますね。一緒にお風呂イベントとか、子供の特権だというのに』


 上を見ると、ニコラが二階の窓からこちらをニヤニヤしながら見ていた。ヘタレですいませんね。

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