20 セリーヌ

 この日はニコラから「風魔法で浴槽をツルツルに研磨してください。ざらざらで気持ち悪いです」との指令を受けたので、朝食後に裏庭へと向かった。


 なんだか便利に使われてるような気がするけど、魔法の練習にもなるしまぁいいか。深くは考えないようにしよう。


 すると風呂小屋前で、黒いとんがり帽子から深いワインレッドの髪をのぞかせ、胸元が大きく開いた黒いドレスを着た、いかにも魔法使いという風貌の女性がウロウロしているのを発見した。


「どうしたの? セリーヌ」


「あらマルク、ちょうど良かったわ。前に泊まった時はこんな建物なかったけど、なんなのこれ?」


 セリーヌはソロで活動する二十代前半くらいの冒険者で、見た目のまんまの魔法使いである。特定の拠点は持たないようだが、たまにこの町の冒険者ギルドで仕事をしており、その時にはウチの宿を贔屓ひいきにしてくれている。以前に来たのはひと月ほど前だったので、まだ風呂小屋はなかった。


 ちなみに以前は「セリーヌさん」と呼んでいたんだが、「子供らしくないわね。セリーヌでいいわよ。もしくはお姉ちゃんね」と言われたので、それからはセリーヌと呼んでいる。なるべく子供っぽい喋り方を心がけてるんだけど難しいものだね。


「お風呂だよ。見てみる?」


 俺はセリーヌを小屋の中に案内する。小窓から少し明かりが差し込んでいるだけの薄暗い小屋の中には、脱衣スペースと浴槽が設置されている。それを見たセリーヌが目をキラキラさせて俺に尋ねる。


「あら、本当にお風呂だわ! ねえねえ、これって私も入れるの? 入ってみたい!」


 うーん、お客さん用にお風呂のサービスはやってないんだけど……セリーヌには町の外の話を聞いたり、たまにお菓子を貰ったりと可愛がられているし、まあいいか。


「いいよ。その代わり、他のお客さんには内緒だよ?」


 ウンウン分かった!と頷くセリーヌを尻目に、浴槽にお水を貯める。


「とりあえず水だけ貯めておくから、お湯は自分で調整してね」


「うん! ……ってマルク! あんたそれ!」


「えっ、なに!?」


 ビックリして振り返ると、セリーヌが俺の腕を指さして目を見開いてる。


「そんなに魔法で出して大丈夫なの? 私があんたくらいの歳の頃は、酒樽半分くらいがせいぜいだったんだけど……」


 そういうものなのか。ランクは知らないけどソロで冒険者をしているセリーヌが言ってるくらいなんだし、歳の割にはすごいことのようだ。ひたすら魔法の練習をしていた成果が出ていたようで、正直嬉しい。普段誰かと比べることなんてないしな。


「大丈夫だよ。魔法はたくさん練習してるんだ」


「そ、そうなの。将来有望なのね……。ふふっ、今のうちにツバをつけとこうかしらん?」


 セリーヌが胸を強調したドレスの胸元をさらに寄せて、俺に近づいてくる。


 だが、この体はまだ性に目覚めていないせいか、ドキドキしたり照れることもないようだ。しかし前世の知識は残っているので、たわわなおっぱいが向こうから近づいてくるのはなんとも幸せな気分だ。良いものですよね、おっぱい。思わずニッコリと笑顔になった。


「……キョトンとするでもなし、照れるでもなし、初めて見るリアクションだわ……」


 若干引き気味でセリーヌが呟く。今の俺からすると、かわいい動物が向こうから近寄ってきたくらいの気持ちなのかもしれない。まあでもツバを付けるもなにも、俺が性に目覚めた頃セリーヌの歳は……。いや言うまい。向こうも冗談だろうし。


「水溜まったよー。後は火魔法で調整してね。それと着替えはそっちに置いてね。まだ暗くないから明かりは大丈夫だよね?」


「了解。ちょっと暗いから明かりはコレを使うわ、『光球ライト』」


 セリーヌは手を上に伸ばすと光の球体を出した。そしてそのまま球体は空中に浮かび、小屋の中を煌々こうこうと照らしている。光魔法の照明だ。初めて見た。


「それじゃあごゆっくりどうぞ。ええっと、見張りはいらないよね?」


「ふふ、大丈夫よ。私に手を出す不届き者がいたら――」


 ――ボウッ……!


「今日がソイツの命日よ」


 指先から真っ赤な炎を吹き上がらせ、セリーヌがニヤリと笑った。

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