19 風呂小屋

 翌日、朝食を食べるとすぐにニコラを伴ってデリカの自宅へと向かった。


 南の噴水広場のある大通りから少し脇道にそれて歩いたところに一軒の店がある。この町では石造りの建物が多い中、この店は木造建築なのでとても目立つ。ここがデリカの実家ゴーシュ工務店だ。


 俺達が家の前まで近づくと、店の前を掃除していたデリカの母親が俺達に気がついた。赤毛で気の強そうな目がデリカにそっくりだ。


「おや、マルクとニコラかい。ウチに来るのは久しぶりだね。それにしてもニコラは本当にかわいいねえ。ウチの娘に爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだよ」


「おばちゃんおはよ!」


 ニコラが挨拶をするとデリカの母親がニコラの頭を撫でまわす。ニコラはご近所のアイドル的地位を着々と固めつつある。


「今日はどうしたんだい。またウチのデリカが迷惑でもかけたのかい?」


「ううん違うよ。親分に用事があってきたんだ」


「そうかい。親分ねえ……ブフッ。デリカー! お客さんだよー!」


 やっぱり親分呼びは家族も思うところがあるらしい。しかしここまで来たらもう変更は受け付けない。デリカが年頃に成長し、親分呼びを嫌がるようになっても、俺は親分と呼ぶことを止めないと心に決めている。


 しばらくするとデリカが店前に現れた。家の手伝いをしていたのだろう、服のあちこちについた木くずを手で払っている。


「マルクとニコラじゃない。こんな早くからどうしたの?」


「要らないような板切れがあったら譲ってほしいんだ。そういうの無いかな?」


「焼いて処分するくらいの細い木切れならあるよ。母ちゃん持っていっていい?」


「いいよ。それと、必要ならこの辺の板も少しくらいなら持っていっていいからね。いつも美味しいトマトをおすそ分けしてくれるし、おばちゃんからサービスだよ」


 店の横に立てかけていた少し大きめの板を指差し、デリカの母親が答えた。せっかくなのでご厚意に甘えよう。


「わあ、ありがとう。それじゃあいくつか貰っていくね!」


「ああ、どうぞ。ちょっと大きいけど、持って帰るの大丈夫かい?」


「うん、平気だよ」


 すぐさまアイテムボックスに収納する。デリカは何度も見たことがあるが、母親にアイテムボックスを見せたのは初めてのせかい、目を丸めてギョッとしていた。あんまり見せまわるものではないとは聞いているけど、友達のお母さんくらいなら大丈夫だろう。


「おばさん、親分、ありがとう。それじゃあ帰るね」


「えー、もう帰っちゃうの? ずいぶんと急いでるのね。それで板は何に使うの?」


「完成したら見せてあげるよ。じゃあね!」


 手を振ってデリカと別れた。さあ家に帰ろう。



 ◇◇◇



 家に帰り裏庭の隅に到着した。昨日作った風呂はマナを分解して砂に戻している。


 まずは土魔法で床を作る。昨日と同じ要領で三メートル四方ほどの石の床を作り上げた。


 次にそれを囲うように石壁を生やす。そして宿から一番見えにくいところに入り口を作る。これで天井が空いている石造りの小屋が完成した。


 天井は崩落すると怖いので、デリカの家から貰ってきた板切れを天井に被せる。その後、動かないように土魔法で補強した。今はまだ崩落しそうなので木の板を使っているが、いつかは天井も石で作りたいものだ。


 そして小屋に入り、簡単な収納棚と浴槽を作る。昨日のより少しだけ大きめに作った。これで脱衣所付きの風呂小屋の完成である。


「ふう……さすがに疲れた。水を入れるのは母さんの仕事が終わってからにしよう」


「そうですか。それじゃあ今日は一番風呂をいただきます。外で見張っておいてくださいね」


「いいけど、お湯は自分で作ってくれよな。あと実際に使ってみて改善点があれば教えて欲しい」


「とりあえず今気付いたのは、明かり取り用に小さな窓を作るのと、夜だと更に真っ暗になるのでランタンを置く場所を作ることくらいですかね」


「あーそうか。もうちょい頑張るか」


 ニコラの言う通りに手を加え、今度こそ風呂小屋が完成した。ニコラが小屋の中に入って行ったので、土魔法で椅子を作り小屋の前に座る。


 しばらくすると風呂の中からニコラが声をかけてきた。


「お兄ちゃん、これ商売になりませんかねー?」


「どうだろうなー。風呂を沸かすのは魔法だから俺かお前がつきっきりになるだろ? 魔法が使える人はセルフサービスでもいいけどさあ。それだと客数がぐっと減るしな。それに残り湯を捨てるのにアイテムボックスを使ってるし。これは身内用だなあ」


「たしかに面倒ですね。客単価を上げても儲かる気がしません。あとアイテムボックスの私の残り湯を、変なことに使わないでくださいね」


 使わねーよと思いつつ、ニコラが風呂からあがるのを待った。



 ◇◇◇



 そして夜。夕食も終わり今日の仕事が一通り終わったところで、父さんと母さんをお風呂小屋に連れて行く。外はもう暗いので父さんがランタンを片手に目を見開き、母さんは口に手を当てて驚いていた。


「まあ~! 立派な建物を作ったのね。ふたりともすごいわ! それじゃあさっそく入っていい?」


「とりあえずお湯は入れてあるけど、ぬるかったら温めてね? 母さんも父さんも火魔法は得意だよね」


「そうね、お水を温めるくらいなら大丈夫だと思うわよ。それじゃあさっそく……」


「あ、ちょっと待って。あとね、お風呂を利用するときは、僕か父さんに声をかけて見張りをしてもらってる時だけにしてね」


 父さんもウンウンと頷く。


「あらあら、息子に大事にされちゃってるわね~。わかったわ、約束します!」


 ビシっと手を上げて答え、母さんは風呂小屋に入っていった。


「それじゃあ見張りは父さんに任せるね」


 父さんが頷いたのを見て、俺は庭から去った。



 ◇◇◇



 こうしてお風呂は我が家の生活に欠かせないものとなった。


 そしてお風呂小屋を作ってしばらく経ったとある日のこと。ふと二階から庭を眺めると、大変ツヤツヤになった母さんと父さんが腕を絡ませながら、一緒に風呂小屋から出てきたのを目撃してしまった。アレは見なかったことにしようと思う。

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