9 カミナリ親父

 カミナリ親父(仮)は俺の前まで肩を怒らせながらやってきた。少し白髪が見えるようだが、がっしりした体つきのいかつい親父だ。ニコラはまるで最初からそこにいたように俺の背後に移動している。


『いつでも嘘泣きでうやむやに出来る自信があります。いざという時は任せてください』


と念話でのたまう。ま、まぁいざとなったら任せてみよう。まずは対話である。


「おい! キサマらがこのいたずらをしとったのか!?」


 ひえっ、カミナリ親父の圧が五歳児に向けるものとは思えない。いやバイオレンス アンド フリーダムな異世界だとこんなもんなのだろうか。


「ぼ、僕がやりました。今日はたまたま妹がいただけで……。ごめんなさい!」


 頭を直角に下げる。これでダメなら土下座も辞さない。しかし怒ってる親父が目視出来なくなるのはすげー怖いな! これでいきなり異世界さながらの殺伐モードで頭をガチ殴りされたら、五歳児ならどうなるかわかんないぞオイ!


 とりあえず頭を下げて様子を見るが、相手からは何の反応もない。


 そこでチラっと親父のほうを見ると、プルプル震えながら動揺した顔で俺のケツを見ている。正確には後ろのニコラを見ていたわけだが。


 そっと背後に目を向けると、ニコラは両手をにぎり口元に当て、目をウルウルさせていた。嘘泣きの発動早いな!


「ごめんなしゃい……」


「あ、いやお嬢ちゃん、ワ、ワシは、その……、最近いつの間にか砂の山ができていて、それがしかも毎日増えるものだから、やだなーこわいなーおかしいなーと思ってだな……」


「(ウルウル……)」


「あっ、ちょっ、待っとれ! 今から菓子を持ってきてやるからな! なっ!」


 カミナリ親父は慌てて走り去っていった。


「フン、チョロいですね」


 ファサッと髪の毛をかきあげながらニコラが言った。俺はお前のほうが怖くなってきたよ。



 ◇◇◇



「すると坊主はここで魔法の練習をしとったのか」


「うん。土魔法の練習なんだ。おじさんに迷惑をかけてごめんなさい」


 俺は小麦粉の生地を平たく焼いてそこにリンゴを挟んだ、アップルパイでもないリンゴのクレープでもない謎のおやつを食べながら、もう一度謝った。初めて食べたけどワリとイケるな。


「まあワシへの嫌がらせでないのなら構わん! それよりその土がいらないのならワシにくれんか?」


「それはいいけど、何に使うの?」


「魔法で作った土は普通の土よりも植物がよく育つからな! ここを空き地のまま放置するのももったいないし、端の方に家庭菜園みたいなもんでも作ろうかと思っておったところでな」


「へー、そうなんだ、初めて知ったよ。そういうことなら今日の分も出すね」


 俺はアイテムボックスから今日の練習分の砂も出してみた。こんもりとした山が出来る。


「なんだ坊主、アイテムボックス持ちなのか」


「そうだよ「お兄ちゃんのはちょっとしか入らないしょぼいヤツなのー!」」


 ニコラが僕にかぶせるように答える。


『自慢しようと思ってませんでしたか? お兄ちゃんのはアイテムボックスは魔力の容量次第で拡大していくタイプです。これって持たざる者からすると、とんでもないお宝なんですからね? 自衛できないうちはあまり見せびらかさないようほうがいいですよ』


 おっとそういうものなのか。うかつだった。と言うか、今までもそれとなく使っていたのにニコラから注意されたのは初めてだな。


『うっかり忘れてました』


 あれ? 脳内で会話が出来るだけで、もう頭の中は読めないよね? まるで読んでいるかのようなつぶやきはやめてね?


「がはは! そうかしょぼいヤツか! だがあまり知らない人には見せびらかすなよ? そういうことをすると、人さらいにさらわれるからな!」


 両手を熊が襲いかかってくるように広げて驚かしながら、おっさんも同じ注意をしてくれた。とりあえずいいおっさんぽいな。


 それからしばらくおっさんは俺が砂を作り出すところを見学していた。おっさんは今後もここを使わせてくれるらしい。出入り禁止になろうものなら、ひたすら家で砂をアイテムボックスに詰める作業をするという、精神的にキツそうな練習になりそうだったのでありがたい。


 家の中でも外でも、やることはあんまり変わらない気がしないでもないけど、家にずっと閉じこもってると両親が心配しそうだし、砂がこぼれた時に部屋の掃除が面倒だしね。


「なあ坊主よ。お前はこれからもここで練習するんだろう? どうせ土魔法の練習をするなら、魔法で畑を作ってみんか?」


 魔法で畑か。要は魔力を消費すれば俺の練習になるので、課題があるのはありがたいかもしれない。


「まだ練習を始めたばかりだし、そんなに早く作れないけどいいの?」


「かまわんかまわん。ワシなんかは魔道具を動かすくらいにしか魔法は扱えんし、坊主の歳でそれだけやれるなら立派なほうだろうよ。それに最近は少しづつ息子に店を任せるようになってな。ふと、この土地を余らせてるのを思い出して、散歩がてらにこの辺をうろついてたくらいにはヒマだから急ぎはせんわ。とりあえず土魔法で地面を掘り起こしてくれるか?」


「うん」


 地面に手を付け土を掘り起こすイメージを思い浮かべながら土属性のマナを放出してみた。するとすぐに土がモコモコと沸き立つような起き上がるような感覚を感じる。なんとなくだが手応えはアリだ。


 マナの放出をやめて土を触ってみると、掘り起こしたように柔らかかった。


 おっさんは感心するように目を細める。


「うまくいったみたいだな。無理しない程度で頼むぞ。明日も来るなら菓子を持ってきてやろう」


 そう言っておっさんは帰って行った。宿屋の息子ということでメシは十分に食べさせてもらっているけど、おやつは別腹である。報酬が無くても問題ないが、貰えるものは貰っておこう。


 そういえばおっさんの名前も知らないままだったな。明日にでも教えてもらおうかな。

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