10 ギル
翌日もやってきたおっさんはギルと名乗った。この町で雑貨屋や古本屋など、いくつかの店舗を経営しているらしい。ちなみに宿屋はやっていないとか。
ホウレンソウは大事なので両親にもしっかり報告した。土地を余らせる程度には資産家のギルは、ご近所ではそこそこ知られているらしく、お世話になってるなら今度ご挨拶に行かなきゃねと母さんが言っていた。
そんなこんなで数日が経過し、俺は今日も空き地で畑作りである。魔法で砂を作ったり土を掘ったりするのはいい訓練になっていると思う。
ニコラもアドバイザー兼ギルからのお菓子受け取り係として一緒にいる。お菓子を貰う、お菓子を食う、以外はひたすら俺の作業を見ているだけなので、ヒマじゃないのかなと思わなくもないんだが。
「なあ、お前は訓練とかしないの?」
ニコラはキョトンとした顔をして
「えっ、しませんよ? 私の第一目標はお兄ちゃんに寄生することで、もし仮にお兄ちゃんが稼げない
「五歳児とは思えない夢の無い人生計画だな。母さんには『ニコラはね、お姫さまになりたい!』なんてカワイイこと言ってるくせに。……そういやウチの宿屋ってやっぱ継がなきゃならないのかな。別に絶対に継ぎたくないってわけでもないけど、せっかくだから今はまだ色々とやってみたいと思うんだよね」
「まあパパもママもまだまだ若いですし、なんでしたら冒険者にでもなって膝に矢を受けてからでも、家を継ぐには間に合うんじゃないですか?」
「リタイヤ前提かよ。まあ父さんも母さんもまだまだ弟か妹が出来そうなくらいには若いし、今から考えなくてもいいか」
ちなみに今は五歳にして俺とニコラは子供部屋で寝ているんだが、それまでは両親と同じ部屋に寝ていた。そりゃもう向こうは子供だからまだ分からないとばかりに夜はお盛んでね。俺とニコラが気まずいったらありゃしなかった。
そこで子供部屋が欲しい~と俺が駄々をこね、ニコラが泣き落とす共同戦線でなんとか子供部屋を勝ち取ったのだった。
そんな話をしながら魔法の訓練をしていると、ギルが空き地にやってきた。
「お、坊主ども頑張ってるな。ほら嬢ちゃん、菓子だぞ~」
「ギルおじちゃん、いつもありがとう!」
ニコラがいつものスマイルでギルからおやつを貰う。ギルの顔はデレッデレである。これは一見餌付けしているように見えるが、逆にギルが落とされているのである。
「畑もだいぶ出来上がってきたようだな。そろそろ何を植えるか考えるか……。お、そういえば昨日、坊主んところの母親がわざわざウチに挨拶にきたぞ。坊主たちは『旅路のやすらぎ亭』のところの子供だったんだな。ワシは泊まったことはないが、ウチの客からたまに聞くには、メシがうまくて部屋も清潔、なかなか評判の宿屋らしいな」
へえ、ウチってそういう評価だったんだ。町の出入り口の門から近いという立地条件の良さでそこそこ繁盛していると思っていたけど、それだけじゃなかったんだな。こういうのを聞くと父さんの代で終わらせるのは忍びないとは思うけど、とりあえず後継者問題は先送りにしよう。
「よく分からないけどお客さんは結構入ってるよ。それでギルおじさん、何を植えてみる?」
「ん、そうだな……せっかく坊主が作る畑だ。坊主のところの宿でも使えるような野菜がいいな。トマトでも作っておすそ分けしてやろう」
「うげっ、トマトー!?」
俺はトマトが嫌いだ。あの青臭さ、齧ったときにムニュっとはみ出る中身のグロさ、そのくせリコピンリコピンとテレビの健康番組でしつこくアピールしてくるあの悪魔の野菜が大嫌いだ。
「がはは! ガキはトマト嫌いが多いからな! でも坊主が魔法で耕した畑だとどうかな? おそらく違った味になるぞ!」
「家で食べてるトマトは美味しくなかったよ?」
「そりゃ魔法で耕した畑から取れる野菜は、手間がかかってる分値段が高いからな。普通の宿屋では使ったりはしないもんだ」
「そういうものなの? 本当かなあ」
正直信じられない。だけど、なんと言っても魔法のある世界だからな……。ギルがそこまで言うなら、一度食ってみるのも悪くないだろう。
「それじゃあ明日は種と道具をウチの店から持ってくるか。とりあえず畑の大きさは今くらいで十分だから、今日は坊主も適当に練習を繰り上げて帰りな」
「うん、そうする。それでトマトって植えてからどれくらいで出来るの?」
「この畑なら一週間前後じゃないか?」
マジすか。早くも魔法パワーのすごさの片鱗を感じたわ。
そしてギルは帰って行った。さて俺も練習を切り上げておやつでも食うか。……ってニコラ、ニコラさん? 俺の分のおやつはどこに消えたの?
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