6 Aのポーズ

「ぬっう~~~ん……」


 俺は自分の部屋で両足を肩の幅に開き、両手を上に伸ばして手の平を合わせ、いわゆるアルファベットのAの形で突っ立っていた。


「なーにやってるんですか? お兄ちゃん」


 同じ子供部屋でジト目になりつつこちらを見るのは、美しい髪を肩の辺りまで伸ばした美幼女、俺の妹のニコラだ。その美しい金髪は毛先にかけて水色のグラデーションが色づいており、前世にはない毛色だが、この世界では稀にあるらしい。ちなみに双子の俺も同じ毛色だったりする。


 ちなみに顔は天使だったときの面影があるような? ないような? 天界での出来事はもう夢であったかのような記憶しか残っていない。


 そして俺は前世の吉田昌。こちらではマルクと名付けられた。貴族ではないので姓は無い。


「これは魔力を体内で循環させて魔力の器を広げるポーズだよ。宿屋に泊まっていた冒険者のおっさんに教えてもらったんだ」


「ああ、あの鼻の長いおじさんですか? 貫禄はすごくありましたね。それでそのポーズは効果はあるんですか?」


 俺は五歳になった。体も少しは成長し、近場ならウロウロしても心配されない歳にもなったので、輝かしい将来設計のために動き始めることにした。


 とりあえず剣と魔法の世界なら魔法を使ってみたいよね。ということで、先日まで泊まっていたおっさんに体内の魔力を増やす方法を教えてもらったのだ。


「分からないけど他にやりようがないしなあ。魔法について書かれた教科書とか家には無いし」


「それなら私に聞いてくださいよ。それなりにこの世界の知識は上司に叩き込まれてますから。その私が断言しますけど、その変なポーズをするだけでは魔力の増強効果があるとは思えませんよ」


「うえっ! 本当に? あのおっさん、『魔道に近道は無し。今は効果がないと思うかも知れんが、いずれ実る時が来る。それまで精進せい』とか偉そうにそれっぽいこと言ってたぞ?」


「そもそも効果的な魔力の増やし方なんて、世間一般には広まっていないんです。それぞれが『ぼくの考えた最強の訓練法』を考えたり伝えたりしているだけです。中にはそれなりに効果的なのもあるのかもしれませんが……。Aのポーズもあのおじさんがそう思うならそうなんでしょう。ではですが」


 ニコラがどこかで聞いたことのあるような台詞をキメ顔で言った。


「そういうものなのか。まぁだまそうとしたんじゃないなら別にいいや。そういや前世でも色んなダイエット法や健康法が生まれては消えてたよな。そうかーああいうものかー」


 俺は出来るだけさりげなく見えるようにAのポーズを解除した。今となってはちょっと恥ずかしい。ニコラがニヤニヤしてるように見えるけど気のせいだと思いたい。


「そもそもマルクお兄ちゃんはどうして魔力の器を広げたいと考えてるんですか?」


「魔力の器ってゲームで言うところの最大MPみたいなモノだろ? たくさんあるに越したことはないじゃないか。魔力の器が広がることで、魔法がたくさん使えるようになるっておっさんは言ってたぞ」


「ふむ……。そのMPという概念は間違ってないかと思います。ただ、A! のポーズでは魔力の器は広がらないと思いますよ」


 地味にAを強調する嫌がらせをしてきた。恥ずかしいからやめたげてよお!


「じゃあなんであのおっさんは、あれで魔力の器が広がると思ってるんだ?」


「普通に成長とともに器は広がりますからね。それで錯覚してるんじゃないですか?」


「成長とともにMPは増えていくのか。じゃあ鍛えることは出来ないのかな」


「いえ、できますよ。それにはとにかく魔力を吐き出し続けることです。なるべく枯渇こかつ状態にすることで、足りない魔力を補うために魔力の器が広がるようになります。器の柔らかい幼い頃から訓練したほうがより効果的でしょうね」


「へー、やっぱり子供の頃から訓練が大事なんだな。前世のスポーツ選手とかもトップ選手は子供の頃から英才教育ってのが多かったもんなあ。よし、泣き虫◯ちゃんに俺はなる!」


「そうですか、まぁがんばってください。将来何をするにしても魔力があって困ることはないでしょう。それで立身出世をしてお金を稼いで私を養ってくれることを期待してますよ」


「しれっと何言ってんだ。それに俺は出世欲は無いからな? 元ブラック企業社員としては、そこそこ稼いでそこそこ休めるゆとりのある生活を目指したいんだよ」


「えー『海◯王に俺はなるっ!」くらい言ってくださいよー」


 などとニコラと話していると、不意に扉が開いた。


「話し声がすると思ったら、二人とも二階にいたのね。今お客さんに出す新しいメニューを試作してみたんだけど、降りてきて試食しない?」


「ママ!」


 ニコラが天使の笑顔とともに走り出して扉を開けた女性の腰にしがみついた。俺とニコラの両親、レオナ母さんである。ほわほわとした雰囲気を纏う美人であり、宿屋の若い客からのナンパは絶えない。もちろんキッチリとお断りしている。


「あらあら、ニコラは甘えん坊ね。それじゃあだっこしてあげるから、一緒に階段を降りましょうねー」


「うん!」


 ニコラが天使の笑顔で以下略。


 おわかりいただけただろうか。俺の前では物静かでクールな物言いのニコラであるが、俺以外の前では超特大の猫を被っているのだ。本人曰く、これがこの世を楽に暮らしていくための処世術だと。


 まぁ俺も近所のおばちゃんにかわいがってもらう時に年相応にあざとく振る舞うことはあるけど、さすがにあそこまで割り切れないね。ニコラ、おそろしい子!(白目)

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