第7話 驚異の眼差し

此処はジンジャーの家の中、キッチンからの続きに応接間がある。南向きの窓からは暖かな陽射しがテーブルの上の細やかなご馳走を包み込むように照らしている。オモチが庭で摘んだコスモスの花を花瓶に入れ、躓かないようにそっと歩いてテーブルの真ん中に置いた。

オモチはテーブルの上を見渡して、

「やっぱウスおばちゃんが焼いたパイが一番美味しそうなのよね。仕方ないか、パパはママじゃ無いからね。」

「何を一人で言ってるんだい?」

エプロン姿のジンジャーが最後の料理を持って来てテーブルに置いた。

「さあ、此れで完了だな、お兄ちゃんを呼んでおいで。」

オモチは元気よく返事をすると、2階に駆け上がった。暫くしてオモチはペキの手をとり階段を降りて来ると、ペキをテーブルの真ん中の席に座らせた。

「凄いなあ、これ全部ジンジャーが作ったのか?」

「私だってちゃんとお手伝いしたのよ、レタスも私がちぎったし、お皿も私が並べたし、お花だって私が摘んで来たのよ。」

「そっかあ、オモチは本当に偉いんだなあ。」

ペキは優しい眼差しでオモチを見た。

「さあ、今日は細やかだが君の歓迎パーティーだ、ジンジャー、スメル家の一員として此れから楽しくやって行こう!」

ジンジャーはグラスを片手に高らかにそう言った。ペキはちょっと恥ずかしそうにしていたが、

「ありがとう、ジンジャー、オモチ。」そう言うと目頭が熱くなって涙がこぼれた。

「何だよ…どうして涙が出るんだ、ごめんな、嬉しいのに涙が止まんねえ…」

笑おうとするが涙が後から後から流れてくる。オモチがペキの背中を擦りながら、

「大丈夫だよ、此れからは私達と一緒だからね。」

優しく言った。

「良かったわ…。私迄泣けてくるじゃないの。」

カミュールは未だに看護師の格好で庭の木の上から窓を覗きレースのハンカチで涙を拭いている。

暫く窓を覗き見てたが

「もう安心ね、私もぼちぼち帰らないと!皆にみつかる前にね。」

カミュールが飛び立とうとした時、怪しい人影がジンジャーの家の裏口を横切るのが見えた。

「ん?」

カミュールは飛び立つのを止めて目を凝らして見た。

「あれは…確か堕天使のグズーじゃ無かったっけ?人間の姿をしているけど、多分間違い無い、でも何故?あんな下っ羽がペキの所へ?怪しいわ、怪しすぎる!」

看護師の怪しい格好をしたカミュールは、町の人から特異の目で見られているのにも気付かずグズーの後をつけて行く。

暫く行くと、大きく高い鉄格子の門が見えてきた。グズーはするりと門を通り抜けると玄関のドアの隙間から消える様に中へ入って行った。

「立派なお屋敷ねえ。」

カミュールはそう呟くと高い鉄格子の門をフワリと飛び越えた。ゆっくり、慎重に辺りを見回しながら大きな窓に近づいて中を覗いた。

「アンチョ!」

カミュールは思わず声が出そうになった。

「銀の滴を盗もうとして見つかり堕天使になった欲深き悪魔、何を企んでるの?」

話しを聴こうと神経を集中している時にベロリと足を舐められカミュールはびっくりして飛び上がった。

「うおぉ!!」

野太い声で叫びながら振り返ると真っ黒で大きなドーベルマンが小さな尻尾をおもいっきりふってカミュールを見てる。

「びっくりさせないでよ、今忙しいからあっちへ行ってなさい。」

小さな声でドーベルマンに言うと再び神経を集中した。アンチョの声が聞こえる。

「何だ?この甘い匂い、」

「へっ?そうすか?甘いってどんな匂いっすかね?」

「お前、このバニラの様な匂いが判らないのか!」

「はあ?」

「天使だ。天使の匂いがするぞ!」

「ヤバ!」

カミュールはお座りしているドーベルマンを見て、

「いい子ね。」

そう言いながら頭を撫でて空を見上げると一筋の光となって消えて行った。

カミュールは天空の雲の上に降り立った。

「今日は随分遅いじゃないか。」

後ろからウリエルの声がしてカミュールは驚き再び野太い声で

「うおぉ!」

と叫んだ。

「あんたが気に掛けたってどうしようも無いんじゃないの?。」

カミュールは身仕舞いを正し振り返ると

「それが大変なの!アンチョが何か企んでいるわ!」

「アンチョ?」

ウリエルは少し考えて

「あぁ~、ルシファーが殺られた時、一目散で逃げて行こうとした、あのアンチョか?」

「神にお知らせしなくちゃ!」

カミュールが飛び立とうとした時

「ちょっと待てよ、いいのか?あんたが地上に降りたのがバレるぞ。」

カミュールはその場で固まった。

「あ、そうだった。」

ウリエルは呆れた様子でカミュールを見た。

「ねえ、どうしたらいいの?」

「神の呼び出しがあるまで僕達は見守るしか出来ないんだ、そうだろ。」

「でも…」

「あんたが地上に降りた事は誰にも言わないからもう降りない方がいいよ。」

ウリエルはそう言うと何処かへ飛んで行った。

「そうよね、分かっちゃいるけど心配なのよ!」

カミュールは腕組みをしてその場にあぐらをかいて座り込んだ。

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