第一章 炎獅子の青年①
目を開けると、白い世界にいた。
一面、真っ白な雪で覆われている。
「……どこ? ここ……?」
飛鳥は周囲を見回した。
飛鳥はしゃがみ込み、水気を
「えっ!? 通り抜けた!?」
反射的に腕を引っ込め、まじまじと
「雪に
これではまるで
東京駅の待合室から出たところで、黒い人物に話しかけられた。
その時の様子を思い返し、ぞくりと背筋に
「確か……その直後にどっかで爆発が起きたんだよね?」
冷静に思い返していくと、体ががくがくと
「私……死んだ?」
全身をチェックするが、とくに
ただ
記憶では、落ちてきた天井が覆い被さってきた。
そこから先の記憶はないが、まず無傷だったとは思えない。
死んでしまった。
頭に浮かんだその言葉が、飛鳥の全身に重く
「誰かぁっ! いませんかぁっ! おーいっ!」
声を張り上げて
「私、なんでこんなところに
半ば現実
真っ白に吹雪く世界で呟かれた疑問に、答えてくれる者は
崩落した
「死後にも
どうしたものかと思案していると、背後で雪を
「もしかして、人っ!?」
飛鳥はパッと背後を振り向いた。彼女の希望は、あっさり打ち
真っ白な毛並みを持つ
それも、飛鳥の知る普通の狼ではない。
温かそうな毛並みの間から、所々に
飛鳥は身を
狼は
明らかにこちらを
「気のせい……じゃないよね。ばっちりこっち見てるし……すごく
飛鳥も狼が近づく分だけ一歩ずつ後退する。
「やだ……
顔を上げると、雪の中から
そう言えば、狼って群れで生活していたような……。
飛鳥の
「言っとくけど、私を食べても何の腹の足しにもならないからね!」
震える声でそう狼たちに
とにかく
飛鳥は狼たちに背を向けて逃げ出した。
訳のわからない場所で、いきなり狼と
狼の一匹が飛鳥の頭上を飛び越え、飛鳥の目の前に着地する。
逃がす気はないとでも言うように、低く
「ひっ……」
狼の開いた口から
「いやっ、誰かぁっ!」
飛鳥は頭を
「ぎゃんっ!」
目の前の狼が悲鳴を上げ、いきなり
狼たちは炎が飛んできた方角を
飛鳥も視線をそちらに向けた。
燃え上がる炎が近づいてきた。
目を
全身の毛が炎そのもので、立派な
まさに
「あっ、終わった……私の人生」
飛鳥は絶望のあまり、へなへなとその場にへたり込む。
「せめて……痛くないといいな」
目の前までやってきた炎獅子は、ちらりと飛鳥を
いつまで
「
炎獅子は低く唸りながら人の言葉で
飛鳥は思わず息を
「獅子がしゃべった……」
狼たちも、人語を
一匹が吠えたのを合図に、狼たちが
「散れっ!」
獅子の全身から炎が燃え上がる。
飛びかかった狼たちは炎をもろに浴び、雪の上を転げ回った。
それでも負けじと
氷の
炎獅子は口を開いて鋭い牙を見せつけ、虚空に向けて吠える。炎獅子の周囲に小さな文字や模様のようなものが浮かび上がった。映画や
どうにか生き残った狼たちは、果てた仲間の
炎獅子もそれ以上、狼たちを追う様子はない。
へたり込んだアスカの
その
「おい、そこの
炎獅子の
「おいしくないですよ! 腹下すこと受け合いです!」
「いや、食わねぇよ!」
「でもでも、獅子って肉食だから……人間を食べたりしますよね?」
「確かに肉は好物だが、俺にだって好みくらいある。そもそも俺は人間だっ!
「人間……?」
炎獅子が
飛鳥が見守る中、炎の塊が
やがて、視界を
炎獅子の立っていた場所に、一人の青年が
細身だが、引き
「すごい……変身した」
「こんなことは
青年の言葉に、飛鳥は言葉を失った。
人が獣に変身するのが普通だなどと、飛鳥の生まれ育った日本ではありえない。
やっぱり、死んで
飛鳥は
飛鳥は頭の中が真っ白になった。
そのせいで、青年の呼びかけに反応するのが
「……い。おいっ、聞いてんのか? もしかして、さっきの雪狼どももお前が呼んだのか?」
「
「なら、お前のその
青年の言葉に、飛鳥はぴたりと動きを止めた。
肉体がない。
青年ははっきりとそう告げた。
動きを止めた飛鳥を警戒する青年だったが、飛鳥は彼の様子など目に入らなかった。
「本当に……死んじゃったのかぁ……」
飛鳥は自分の両手に視線を落としたまま、
「うん、そっか……やっぱり、他人の目から見ても、私……死んじゃったんだ。そっか、そっかぁ……」
今の飛鳥は
──人生はあっという間だぞ。
祖父の言葉が思い出される。当時は笑ったその言葉を、今なら
「おじいちゃんの言う通りだ……本当……死ぬって
思い返すのは家族のことだ。社会人になって家を出てから、両親にもなかなか会いに行けなかった。祖母だって、今回のことで孫まで失ったと知ればさぞ悲しむだろう。
「あぁ……せめて、家族にお別れを言いたかったな」
飛鳥は顔を両手で覆うと、身を縮ませた。
涙は流れずとも、自分の中で
肉体がなくとも、人は「痛み」を感じるのだと初めて知った。
「……家族」
飛鳥を見下ろしていた青年は、家族という単語にぴくりと反応した。
大剣の柄に添えていた手を静かに下ろす。
青年はしばらく険しい表情で飛鳥を見下ろしていた。おもむろに目の前で
「おい」
呼びかけに飛鳥は顔を上げる。
青年は真っ
「お前、生きたいか?」
「え……?」
青年の問いかけに、飛鳥は間の
「今のままだと、お前は消えちまう。わかるか? このまま何もしなければ死ぬって意味だ」
青年は飛鳥にも理解できるよう、
飛鳥は青年に
先ほど、彼は飛鳥に「肉体がない」と告げた。それはつまり死んでいるのと変わりないのではないか。生きたいか、とは何とおかしなことを聞くのだろう。
「
「そんなこと、できるものなんですか?」
飛鳥は疑いの目で青年を見つめる。
「手段はある。だが、成功するかはお前
青年の表情はどこまでも真剣だった。こちらをからかっているわけではないらしい。むしろ真っ直ぐに向けられる
「このまま消えるか? それとも、助かる可能性を選ぶか?」
青年はそこでなぜだか、自分が傷を負ったかのように苦しそうに顔を
「物事、命さえありゃ……何とでもなるもんだぞ」
飛鳥は青年の言葉に
青年の言葉が
もう失うものなどない。飛鳥は半ば、考えることを
「助かるのなら……」
「わかった」
青年は頷くと立ち上がった。
「お前、名前は?」
「飛鳥です。紅坂飛鳥……」
「コウサカアスカ……? アスカってのが名前か? 変わった名前だな」
青年はやや不思議そうに首を
「俺はホムラ。フェルノ国
「ホムラ、隊長……さま、ですか? いや、隊長さま? フェルノ国、とーきたいさま?」
今度は飛鳥が首を傾げる番だった。
フェルノという単語に聞き覚えがない。どこかの国の名前だろうか。
「……ホムラでいい。俺もアスカって呼ばせてもらうから」
軽く
「この際だ、敬語もいらねぇよ。公式の場でもないし、もともと俺はそういう
「はい……じゃない、うん、わかった」
ややぎこちないながらも、アスカは素直に頷く。
「さて、アスカ。これからお前の魂が
ホムラがそう言うと、右手をこちらへ
アスカは息を
またそこから
ホムラの
何やら光の球体の中で浮かんだ状態になった。
子どもの
「わぁっ……これは、一体?」
「そのままだと運べねぇからな」
どこかわくわくした様子のアスカに、ホムラは回答とは言えない返事を
アスカはホムラの意図がわからず、首を傾げた。
「運ぶ? どこへ?」
「ここから少し行ったところにガレル
ホムラの全身が炎に包まれる。
炎の中から紅の両目が浮かび上がった。
「うえっ、あああ、あ、あの!?」
「暴れんなよ、魂の
炎獅子の姿に
「ちょっ、えっ、やだっ!」
アスカの視界は一気に高くなった。
辺りの景色は変わらず、白一色だったけれども。
「とばすぞ!」
言うが早いか、ホムラは
「いやぁあああぁっ!」
目を固く
ガレル要塞の門をくぐるまで、アスカはホムラが自分を
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