絵描きの先生

神代 哲

第1話

 ボクは絵画教室で絵を習っています。

 ボクは絵を描くことが好きでした。

 でも、今はあまり好きではありません。

 教室の先生は好きです。とても絵が上手で、とても優しくて、とても分かりやすく教えてくれます。

 でも、ボクはいつまで経っても上手に成りません。

 その事を先生に言ったら先生は

「焦らなくて良いよ」

 と優しく言ってくれました。

 絵画教室にはボクと同い年の子も通っています。

 ヒロシ君とケンジ君です。

 ヒロシ君はとても上手で図画の成績はいつも『優』です。

 ケンジ君はとても色使いがキレイで県の展覧会で『金賞』を獲りました。

 ボクはヒロシ君ほど上手くもないし、ケンジ君ほどキレイな色が出せません。

 ボクはその事をまた先生に言いました。

 すると先生は

「君は何を伝えたくて絵を描いているの?」

 と聞いてきました。

 その時ボクには先生が少し怒っている風に見えて、初めて見る先生の顔にボクは驚いて声が出せませんでした。

 声が出せないボクに先生は続けて言います。

「例えば……例えばだよ。

 もしも、君の伝えたい事が『愛』だったとしたら……

 世界中で人気の歌手が会場一杯のファンの前で『愛』を歌ったからと言って『愛』を伝える必要は無いと思うかい?」

 ボクには先生の言っている事が分かりませんでした。そもそもボクは『愛』と言うモノが何なのか分かりません。

「100万人の信者が居る教祖様が『愛』を説いたからと言って『愛』を伝える必要が無いと思うかい?」

 もうその時には、怒っている様に見えた先生の顔はいつもの優しい先生の顔に戻っていてボクはホッとしました。だけど、それでも分からないボクは答える事が出来ません。すると先生は

「君は君のコトバで君の伝えたいコトバを伝えたら良いんだよ。

 そうすれば、きっと誰かに届くはず……」

 最後まで聞いてもボクにはやっぱり先生の言っている事が分かりませんでした。


 ……だけど、ボクは今も描き続けています。


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絵描きの先生 神代 哲 @tetsuojudai

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