第17話


「ライリザードを捕獲する!?」


 ラディーナさんが護衛の人たちに伝令した内容は、衝撃のものだった。

 ラディーナさんのライリザード捕獲作戦を聞いたダーディマさんは、険しそうだがどこか興奮したような表情を浮かべた。


「元々、比較的小型の生物は捕獲して大陸に持ち帰るという前例がないわけではありませんからね。ただし、ライリザードは捕獲がほぼ不可能だということと、捕らえたとして折に閉じ込めるくらいで行動を束縛できるかどうかというところが問題ですが……怪我の具合次第ではこれも大丈夫でしょう」


 ダーディマさんも、賛成の意を示す。

 私はあまりにも予想外の展開に、口を挟まずにはいられなかった。


「でも、ライリザードが傷だらけだったってことは、それだけ危険な生物がこの近くにいるということですよね?」

「そうかもしれないし、そうではないかもしれないな。少なくとも、これまで通ってきた道は大丈夫だったのだ。捕獲して一目散に退避すれば、問題はあるまい」


 ラディーナさんは、そうは言いつつもどこか不安そうな表情を浮かべていた。

 それを補足するように、ダーディマさんが、ラディーナさんに変わって話を続ける。


「捕獲するとなると、嫌でも大きな音や叫び声が発生するから、それに他の生物がつられてくるという可能性も出てくる。しかし、これは千載一遇のチャンスなのだよ」


 最後のセリフは、どこか自分に言い聞かせるような口ぶりでもあった。

 その様子を見てさらなる不安に駆られた私が口を開こうとした時、それを遮るようにラディーナさんが私の頭を軽く撫でた。


「これはもう決まったことだ。我々がぐずぐずしている時間はない」

「でも……」

「……今回の探索の行動決定権は、私にある。確かに危険だし、失敗して損失だけ残る可能性もある。リリの不安もわかるが、黙って私に従いたまえ」


 ラディーナさんはそう言い切ると、私たちを先導して歩き始めた。

 ラディーナさんの有無を言わせない物言いに、私は何も言い返せなかった。

 ちらりとシャリアさんの方を見ると、シャリアさんはダーディマさんと捕獲計画の作戦に関して案を出し合っており、捕獲計画に意欲的であることを示していた。

 私はまだまだ不服だったが、無理矢理にその気持ちを仕舞いこんで、三人に置いて行かれないように足を動かし始めた。


「まずはライリザードの状態を確認するところからだ。護衛にも、そのための指示を飛ばしてある。先立って、ライリザードの状態に応ずる対応を決めておきたい」


 ラディーナさんが先を歩きながら、捕獲計画の作戦を練り始めた。


「荷台に三つほど捕獲道具はありますが、ライリザードの力を考えると到底押さえつけられるほどのものではないでしょう。瀕死だとしても、火事場の馬鹿力なんて出された時には、ひとたまりもありませんからね」


 ダーディマさんが荷台の方から返事をした。


「三つか……二つは使い捨てる覚悟で、ライリザードの体力を奪うのも有効的だが、時間をかけて他の生物を呼んでしまっては元も子もない。強引に事を進めるべきだと私は思うが……」


 ラディーナさんの発言を聞いたシャリアさんが、キョトンとした声を出した。


「ライリザードの叫び声なら、むしろ他の生き物を退けるのではありませんの?」


 その疑問はもっともで、私も無意識にラディーナさんの返答に耳を傾けていた。


「普段ならそうだが、近くにライリザードを死地に追いやった者が潜んでいる可能性もある」

「……状況的に、ライリザードを瀕死にするまで追いやって、殺しはしなかったのですわよね?だとすると、ライリザードが縄張りを移した際に競争に負けて、元の縄張りに戻ってきたという線が一番考えられると思いますわ」

「……ふむ」


 シャリアさんの意見を聞くと、ラディーナさんは考え込むように足を遅くした。

 それにつられて、私も一度冷静に状況を考えてみることにした。

 ライリザードが発見された場所は、私たちのルートから左に少し離れた位置だった。これは前回のライリザードの縄張り位置であり、なぜそこで瀕死の状態にまで陥っているのかという疑問が出てくる。


 これは、先程シャリアさんが予測していた可能性が一番高い。

 我々のルートを通った形跡がないことを考えると、ライリザードは我々の進んでいる道の反対側───左側に離れるように移動し、その先で何者かに返り討ちにされ、元の縄張りまで戻ってきたと考えるのが妥当だ。

 しかし、それならば、このゲル島内でも最上位に君臨するライリザードがいったい誰にやられたのかという疑問と、左側に侵攻したのなら、なぜわざわざ元の縄張り内の最右部まで引き返してきているのかという疑問が出てくる。


 誰に、という疑問に関しては、該当しない生物がいないわけではないし、確かめるもの危険すぎるため、強引に納得しても良い。なので、考えるべきは後者の問題だ。

 ライリザードを研究しているというダーディマさんならどうかわからないが、少なくとも私の知識レベルでは、ライリザードが敗走した際に取る行動など知らない。知らないが、自分の縄張りの最右部まで逃げるのは、過剰なように思えた。

 それに、そこまで逃げる余力が残っていたということでもある。

 護衛の人が肉眼で確認できるレベルまで近づいても襲ってこなかったという状況と合わせると、どこか矛盾しているように思えて仕方がないのだ。


 しかし、ライリザードが縄張り内で負傷したという可能性も考えづらい。

 ライリザードの縄張り内までやってきてライリザードと交戦するということは、それが狩りだったにせよ事故だったにせよ、ライリザードを瀕死まで追いやって見逃すとは思えなかった。

 それに、それこそ私たちが通ってきた道に変化がなかったことに説明がつかないのだ。

 ライリザードを瀕死に追いやった生物は、空でも飛んでいったというのだろうか?それとも、土の中でも潜って───


(……あれ?)


 そこまで考えた時、ふと私は自分の失念に気が付いた。

 なぜ私は、ライリザードが敗走したという前提で考えていたのだろうか。

 ライリザードが瀕死になるまで戦って、相手を倒したという可能性だって、十分あるのではないだろうか。あるいは、お互い瀕死になり、相手が逃げたという可能性もある。

 私がそのことを話すと、ラディーナさんとダーディマさんが同時に同じことを呟いた。


「「リグレス……」」


 リグレスというもがなんのことかわからなかった私は、無意識にシャリアさんの方へと視線を移していた。

 そして、シャリアさんもまったく同じように私の方を向いていて、目が合うと、私たちはお互い困ったように笑いあった。

 そんな私たちの様子を見て、ラディーナさんがリグレスという生物に関しての説明を始めた。


「リグレスというのは縄張りを持たない生物の通称で、特定の生物を指す言葉ではないのだ。リグレスは縄張りを持たない分、行動を読むことも不可能であり、ろくに研究もされていない。私たちにとっては、天災のような存在ということだ」

「では、そのリグレスというのがライリザードと戦った相手ですの?」

「それはなんとも言えないが、リグレスの中に縄張りを荒らして回るやつがいる。もちろん、それが可能なくらい戦闘能力も高い。が、ライリザードを動けなくするほどかと聞かれると疑問が残るな……」


 ラディーナさんがそう言った直後、その答え合わせだと言わんばかりにライリザードの姿が見えてきた。

 そのライリザードは話の通り全身ボロボロで、まさに見るに堪えないといった姿だった。

 話に聞くような脅威や威風も感じず、暖炉で丸くなる猫のようだった。

 ライリザードを監視していた調査員の人が私たちの姿を確認すると、事情を説明するために近寄ってきた。


「皆さん、お疲れ様です」

「ええ」

「早速状況なんですが……見ての通りですね。ライリザードもこちらには気がついているようですが、行動は起こしてきません。というより、起こせないのでしょう。私が監視を始めてからも、あそこから一歩も動いていませんね」


 調査員の報告を聞き終えると、ラディーナさんはすぐさま控えていた十人ほどの護衛の人たちの元へ行き、指示を出し始めた。

 やがてラディーナさんの指示出しが終わり、ライリザード捕獲作戦が始まった。

 そこから一歩下がった場所で、私とシャリアさんとダーディマさんは固唾を飲んでその様子を見守るのだった。

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魔法なんてあるわけないと祖国を追放された師匠と一緒に、魔法を研究するお仕事に就きました。 @YA07

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