第16話
「……怖いくらいに順調ですね」
ゲル島に入ってから数十分が経った頃、ダーディマさんがボソッと声を漏らした。
「前回来たのは四か月前頃だったか」
ラディーナさんが、ダーディマさんの声につられてしゃべりだした。
「その時と変わってないように見えるが……そんなことがあるとは思えないな」
「そうなんですよ。四か月も経って、縄張りが変わってないどころか、何も通った形跡すらないなんて……」
私は一般人よりははるかに知識はあるが、何度もこの島に足を踏み入れている二人には遠く及ばないとわかっていたため、口を挟まずに黙って聞いていた。
それはシャリアさんも同じようで、むしろ私よりも真剣に二人の会話に耳を傾けているようだった。
「何かがあったと考えるのが妥当でしょうか」
「うむ……しかし、見当もつかないな」
「何かしら私たちの知らない習性があるのでしょう。……どうしますか?このまま進むべきかどうか……」
そんな会話をしながらも、険しい道をどんどんと歩き進んでいく。
陣形を整えて進んでいる以上、私たちだけが立ち止まるわけにはいかないのだ。
しかし、妙な不安が頭から離れない。順調に進んでいるというのに、そうとは思えないほどの緊張感が漂っていたからだ。
不意に、シャリアさんが口を開いた。
「ライリザード……」
その言葉に真っ先に反応したのは、ダーディマさんだった。
「……私もその可能性を考えていたところだが、前回の縄張り位置を考えると、いささか移動しすぎているのだよ」
「あら、前回の縄張り位置は、ここから近くのところではなかったかしら?」
「ああ、説明不足だったね。……ライリザードがこちらの方に移動してきたとなると、元々いた生物は当然縄張りを追われて移動を始める。そうなると、今我々が通っている道に変化がないことと辻褄が合わないのだ。だから、その場合ライリザードに殺されたということになる。そして、ライリザードに殺されるような生物となると、今我々が通っている道を挟んで元のライリザードの縄張り位置とは反対側にしかいなかった。ライリザードが通った形跡すらないことを考えると、ライリザードが関与している可能性は、相当迂回してきていない限りありえないのだよ」
ダーディマさんが説明を終えると、再び沈黙が訪れた。
結局のところ、肝心の判断材料が少ないため、考えても仕方ないのかもしれない。
私たちにできることは、外の防護壁を張っている人たちからの報告を待つことだけなのだろうか。
そう思った時、ふとある疑問がわいてきた。
「そういえば、なんでライリザードはそんなに頻繁に縄張りを移すんですか?」
私がそれを聞くと、ダーディマさんがこちらを振り返って困ったような表情を浮かべた。
「それは、今の私の研究目標そのものだよ」
要するに、誰にもわからない、ということだった。
それでもある程度の補足を述べるように、ダーディマさんが説明を始めた。
「知っての通り、ライリザードはゲル島生物内でも最上位の存在だ。基本的に、天敵のようなものに追われて縄張りを移しているとは考えづらい」
ダーディマさんはちらりとシャリアさんに視線を送ると、そのままライリザードの談義を続けた。
「私はライリザードの研究を始めてしばらく経つが、その研究結果からライリザードが新たな縄張りに選ぶ時の基準のようなものは解明できている。ライリザードは、他の生物の縄張りをそのまま奪い取ることが多い。しかし、これは獲物を探して縄張りを移しているというわけではないのだ。ライリザードにはしっかりとした縄張り意識があるし、奪った縄張り内にいた他の生物たちにはまるで手を出さない……その縄張り内の食物連鎖の、頂点にいたものにすり替わるように君臨するのだよ」
私はその話を聞いて、むしろ疑問が募るばかりだった。
おそらくシャリアさんもそうだし、このことを解明したダーディマさんでもそうだったのだろう。
普通に考えて、意味が分からないことだ。
普通、野生の生物というのは自分の命を守ることが最優先だ。それはこのゲル島でも例外ではないし、むしろ競争が激しい分その理に忠実な生物が多い。
だが、ライリザードのその習性は、それと真逆だといってもいいだろう。生きるためという点においては、その行動はまったく意味をなしていないのだ。
「生まれ付いた性だと言われてしまえばそれまでなのだがね。私はそれを───」
ダーディマさんが話している最中に、遠方から大慌てで何かを叫びながら近づいてくる人影が見えた。
ダーディマさんもそれに気がついたようで、黙ってその人影の到着を見守った。
「皆さん、大変です!」
息を切らしながら到着したその人は、身振り手振りをしながら状況を説明し始めた。
「あれは、ライリザードだと思われるのですが……それが傷だらけで倒れていたんです!近づこうにもやはり危険かと思いまして、現在少しずつ退避を始めているのですが……」
その話を聞いたラディーナさんは、すぐに私たちの班の護衛の方に指示を出した。
私たちのところに駆けつけてきた人にも指示を出すと、彼らは四方に向かって散らばっていった。
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