第15話


「見えてきたね」


 ダーディマさんの声に引っ張られるように水平線に目を凝らしてみると、鬱蒼と木々が生える島が目に入った。

 出航してからはすでに五日が経っており、私はその五日間のほとんどを、護衛の人たちとの交流に使っていた。

 チルムさんの知り合いから、さらにその知り合いへといった風に話を聞き進んでいった私は、二十を超える人の話を聞くことに成功していた。

 その行為に何の意味があるのかは自分でもわからなかったが、彼らを知ることが、彼らを盾に進んでいく私の責務のような気がしたのだ。

 それでも、護衛の人は百人単位という量であり、そのすべてと話をすることはまず不可能だ。

 だから、これは気休めでしかないだろう。

 そうとわかっていても、やはり私は少しでも多くの人の話を聞くべきだと思えたのだ。


 はるか昔、我々の住む大陸で大きな戦争があったことは、ある程度の階級の人間なら全員が知っていることだ。

 私はそれを、歴史書で知った。

 その歴史書を読んだ時、なぜそんな争いをするのだろうと、漠然とした疑問を抱いたことを覚えている。

 国土を広げて民の暮らしを豊かにすることが、多くの人を犠牲にしながら他の国を蹂躙してまで得る価値のあることなのだろうか。勝利した国の人たちは、本当にそれでうれしいのだろうかと、その当時は本当に不思議でならなかった。


 やがて色々な知識をつけていくにつれて、人というのは赤の他人には興味などないものなのだと知った。

 家族以外の人にろくに関せずに育っていた私には、それが理解できなかった。私にとって赤の他人とは常に書物の中の、文字の上の存在で、私の興味そのものだったからだ。

 自らの国の兵士と他国の兵士を戦わせる国王の考えなど、到底私には理解できず、ありえない行為だと思っていた。


 だが、今私が進んでいる道は、それと同じ道なのではないだろうかと、そう思えて仕方がないのだ。

 ラディーナさんは、考えるのをやめたと言っていた。

 はるか昔の国王も、悩みの果てに、目を逸らしたのだろうか。

 人を犠牲にして進む道というのは、目を逸らして進むことしかできないのだろうか。

 段々と近づいてくる島影を眺めながら、私は未だに答えの出ない問いを考えていた。





 無事ゲル島に上陸することはできたが、当然そこには整備された道なんてものはなく、せいぜい獣道がある程度だった。

 その獣道も当てになるようなものではないため、私たちは草が生い茂っているところを延々と歩くことになる。

 さらには背の高い木が乱立しており、夏の眩しい日差しこそは入ってこなかったものの、高温多湿な気候で、どんよりとした空気が充満していた。


 私の視界内には、私たち研究者組四人と数人の護衛兼連絡係、二台を運ぶ運搬係しか居らず、他の護衛の人たちは私たちを取り囲むように、二重に、八方向に分かれて防護壁を張っている。

 各護衛組は十数人の囮役と、三人の連絡係、一人の調査員で構成されており、各調査員が縄張りを探りながら進んでいく。

 ゲル島の生物は基本的に縄張り意識が強く、獲物を狩ることも縄張り内で行うことがほとんどであるため、縄張りにさえ入らなければほとんど危険はない。


 つまり、ゲル島探索というのは、ある意味では縄張りに入らないようにして進んでいく逆脱出ゲームのようなものなのだ。

 私こそは初めてのゲル島探索であるが、我々全体でみると、そうではない。

 なので、私たちの手元には前回探索に来た時の縄張り図がある。もちろんそれは常に変わり続けるものなので完全に信頼を置くわけにはいかないが、ある程度の参考にはなるのも確かであるので、まずはそれを基に進行ルートを決定する。

 つまり、防護壁の外側にいる調査員の仕事は、その場所が新たに何かの縄張りになっていないか、その痕跡を調べることである。そしてそれは内側の調査員や私たちも、見落としがないかどうか常に気を張らなければならない。

 そして、護衛組が縄張りであるという痕跡を発見した場合、速やかに三人の連絡係が内側と左右の護衛組に連絡し、左右の護衛組はそのまま左右へ、内側の護衛組は、私たちのいる研究者組と左右へと連絡を回していき、まずはその縄張りから抜け出すことを最優先とする。

 縄張りを抜けるまでに何かの生物を遭遇した場合は、囮役の人がその生物に応じた習性を利用して、私たちから遠ざけるように誘導する。そして囮役が時間を稼いでいる内に、縄張りの外へと抜け出すというわけだ。

 そして縄張りを抜け出したら、私たちがその縄張りの変化を基に現在の縄張り状況を推測し、新たな進行ルートを決める。

 これを繰り返すことで、ゲル島の探索は進んでいくのだ。

 一度目的地まで着いてしまえば、帰りはイレギュラーのみに備えておけば良い。そのため、ゲル島探索でもっとも緊張感が漂うのは、まさにこの瞬間なのだった。

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