第12話


 それから二日後、ついにゲル島探索へと向かう日がやってきていた。

 王都は大陸の内海に面している港町でもあり、ラピスから一時間ほど馬車に揺られるとすぐに港までたどり着くことができた。

 船にはすでに大勢の人が乗っており、私たちを乗せればすぐに出航できるという状況だった。

 王国軍から派遣された数人の護衛と共に、船へと乗り込む。すると、すでに乗船していた人たちがこぞってこちらを確認し、様々な視線に晒された。

 その中でもひときわ感じたものは、恨み辛いが籠っているような視線であり、屈強な男たちの鋭い視線を浴びて私の脚は動かなくなってしまった。


「リリ、早く」


 ラディーナさんはそんな私を庇うように抱き寄せて、そのまま船内最上部の一室に入るまでその視線から守ってくれた。

 その部屋は少し広めで豪勢な内装が施された部屋で、私とラディーナさんが共に宿泊する予定の部屋だ。

 私はベッドに腰を掛けて、なんとなく部屋の設備を確認するラディーナさんを目で追っていた。


「リリ、どうかしたか?」

「いえ……」

「先程のやつは、毎度のことだ。慣れるしかあるまい」

「……はい」


 ラディーナさんの言葉も、うまく飲み込むことができなかった。

 初めてぶつけられた攻撃的な視線に、動揺せずにはいられなかったのだった。




 ゲル島探索の護衛は、危険な分生還すれば高額な報酬が支払われる。

 しかしその危険度が問題で、生還率は良くて二割といったところだ。

 彼らは敵と出くわしたら自分の命を盾に私たちを守ることが仕事であり、自分の担当する方に敵が出現したらその生存確率はゼロといっても過言ではない。

 当然そんな仕事を引き受けるのはいわゆる底辺層の人たちで、その主は戦闘を生業としているが、力不足や問題を起こした人などの様々な事情で仕事が入ってこないような人たちである。

 そしてまた、そんな彼らの監視をしたり、彼らが私たち研究者に刃を向けてきた時のために、王国軍から護衛が回されるのだ。


 そういった事実は知識として持ってはいたが、実際に目の当たりにするととても異常なことのように思えて仕方がなかった。信頼関係の欠片もなく、知りもしない彼らの命を投げ捨てながら進まなければならないのだ。

 もちろん、ゲル島探索の方法はそれしかないし、いちいち忠誠心を持った王国軍の兵士を消耗するわけにもいかない。これが一番理にかなっているということもわかっている。彼らも彼ら自身の意志でこの仕事を引き受けると決めたわけだし、それを私が背負う必要もない。


 だが、頭の中ではわかっていても、そう思い込むことは難しかった。

 理性と感性が堂々巡りのように絡み合う。

 そんな私を慰めるように、いつの間にか隣に座っていたラディーナさんが私の頭に手を置いた。


「そんなに抱え込む必要はない。この仕事に関しては、慣れるしかないことだ」


 そんなことはわかってます、という言葉は、のどに引っかかって声にはならなかった。


「……私も最初はそうだったから、その葛藤は理解しているつもりだ。それを乗り越えられず、研究者をやめていく者も多い」


 ラディーナさんが、私の瞳をのぞき込んだ。


「それを乗り越えられるかどうかは問題ではない。本当に問題なのは、その葛藤を抱かない人間の方だ。リリには研究者になる資格がある。後はリリの気持ち次第だよ」


 その紅い瞳には私の揺れ動く心が映されているようで、私は思わず視線をそらしてしまった。

 ラディーナさんは慣れるしかないと言ったが、本当にそうなのだろうか。

 こんなことに慣れてしまうのは、何か違うような気がしてならなかった。


「……人の命は、果たして平等なのだろうかね」


 不意に、ラディーナさんがそんなことを言い出した。


「今回の探索で私が死ねば、多くの人に弔われることだろう。しかし、彼らが死んでもそれを弔う人はいない」


 私はただ無言で、ひたすらラディーナさんの話に耳を傾けていた。

 突然の話でついていけなかったというのもあるかもしれないが、私にはこの話が何かとても大事なことのように思えたからだった。


「私が進んできた道は、彼らの屍でできた道だ。私は、それを知りながら前だけを見て進んできた。今までも、そしてこれからもそうだろう。

 彼らには、彼らの人生があった。そしてその果てに、私の道になるという終幕を迎えたのだろう。もしそれが人の道ならば、彼らの屍で作り上げられた私の道は、いったい何の道なのか……と、よく考えていたものだ」


 その時、私の目にはラディーナさんの顔に一瞬だけ悲しげな影が映ったように見えた。

 ラディーナさんは、まるでそれを隠すように、一息入れてから話を再開した。


「だが、その答えはわからなかった。あるいは、答えなんてものはないのかもしれない。だから私は……考えるのをやめた。彼らのことから、目を逸らすことにしたのだ」


 そう言い切ったラディーナさんは、どこか清々しい顔をしていた。


「リリは、まだいろいろな分岐点を曲がっている最中だろう。この道としっかり向き合いながら進むことも、目を逸らしながら進むことも、戻ることも、リリの思うままだ。悩めるだけ悩んで、後は突き進め。少なくとも、迷いを抱きながら進めるほどやわな道ではないからね」


 ───あくまで、私の考えだが。と付け足すと、ラディーナさんはそれっきりしゃべらなくなってしまった。

 やがてラディーナさんが私のそばから離れようとした時、私の口から言葉が漏れ出した。


「私は、人の命は平等だと思います」


 私の意識の外からするりと出たその言葉は、先程まで感じていた何かがのどに詰まるような感覚を綺麗に消し去った。

 ちらりとこちらを振り返ったラディーナさんは、何も言わずに微笑んだ。

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