第10話



 私がアカデミーにやってきてから、五日が経った。

 初日を除けば本当に知識を詰め込む毎日で、夢にまで魔法が出てきているくらいだ。

 それも、魔法を使っている夢ならばまだ楽しかったかもしれない。しかし現実はそんなものではなく、ただただ魔法という概念についてぐるぐるした何かを頭が埋め尽くすようなものだ。

 そんな悪夢から私を解放するように、扉を叩く音が部屋に響いた。


「……ふぁ」


 ちらりと外を見ると、眩しい日の光が差し込んできていた。

 ラディーナさんは生活習慣などというものに囚われない人のようで、いつ寝ていつ起きているのかがバラバラだ。

 そんなラディーナさんに教えを乞うている私も当然それに合わせるしかなく、昨日はまさに徹夜で講義というものを実践させられていた。


「はぁい……」


 半覚醒の状態で、訪問者を出迎える。

 そこには寝起きの目には眩しい、真っ赤な人が立っていた。


「……うぅ」

「人を見て眩しそうにしないでくださらない?」

「……シャリアさん」

「昨日は徹夜でしたのね」

「うん……ラディーナさんが寝かせてくれなくて……」

「……その物言いはわざとですの?」

「?」

「いえ、なんでもありませんわ。それより早く参りましょう」

「うん」


 そういえば、アカデミーに来てからの出来事に、知識を詰め込んだ以外にも大きなものが一つあった。

 それは、友達ができたことだ。

 相手はもちろんシャリアさん。

 どういうわけか、食堂で会った日から頻繁にご飯やお風呂に誘われるようになってしまったのだ。

 目的は一切不明だが、お互いに何気ない会話をしたり知識を交換したりしているだけだったので、私はシャリアさんを友達だと思うことにしている。

 ちなみにシャリアさんがアカデミーに来たのは二か月前のことらしく、二日後のゲル島探索にはシャリアさんとその教授も同行するようだった。


「なんだか、この時が来てしまったという感じですわね」

「うん……ラディーナさんは大丈夫だって言ってたけど、やっぱり怖いよ」

「私も似たようなものですわ」


 重たい空気が流れる。

 それを払拭するように、シャリアさんが努めて明るい声を出した。


「リリさんは、武道会をご存じかしら?」


 武道会というのはその名の通り武道を極める者たちが競い合う大会のことで、特にこの武道会は国王主催という肩書でやっているもので、優勝賞金などもかなり高く、王国内でも一、二を争う猛者たちが集まってくるものだ。


「うん、知ってるよ。そういえばこの時期だったっけ」

「ええ。ダーディマさんから、その武道会のペアの招待券を貰いましたの。リリさんと行ってこいとおっしゃっていたのだけれど、どうかしら?」


 そう言ってシャリアさんが取り出したのは、本日開催の武道会の特別招待券と書かれた紙きれだった。

 ちなみにダーディマさんというのは、王国のゲル島の生物の研究者───つまり、シャリアさんの教授のことだ。

 当然、そんなダーディマさんも二日後のゲル島探索に参加する。大方、初めて行く私たちの気分がまぎれるようにと気を使ってくれたのだろう。


「大丈夫だけど、急だね」

「先程、ダーディマさんが渡すのを忘れてた、なんて言って突然寄こしてきたのですわ」


 シャリアさんは、やれやれといった風に首を振った。

 私はその話を聞きながら、ラディーナさんのことを思い出していた。


「あー、なんかわかるなぁ。ラディーナさんもいつも急なんだよね」

「普段から、研究のことばかり考えているのかしら?」

「そんな感じだよね」


 私たちは、そんなことを言いながら笑いあった。

 そしてふと招待券を見ると、開始時刻というところに約一時間後の時刻が記されていた。


「これ、もう急いだ方がいい時間だよね?」

「そうですわね、早く向かいましょう」


 私たちは、残りのご飯をそそくさと口に詰め込んでから、慌てるようにラピスを後にして武道会の会場へと向かっていった。

 王都に来てからというもの、研究者の助手という割には計画性の欠片もないような生活をしている気がする。

 もっと落ち着いた生活を想像していたのだが、研究者というのも案外行き当たりばったりなものなのかもしれないな、などと思ったのだった。

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