第3話 スイスでの日々

 7月の内は座学やシュミレーターを使った初歩的な訓練だったが、8月に入ると座学などに加えて本物の練習機を使った実技訓練が始まった。

「もう基本的な操作はシュミレーターで十分にやった。今日からは実際に練習機を使って離着陸訓練を行う」

 飛び立つのは割とすぐに出来たが着陸はかなり緊張を強いられる。

 ドスン。

「コラァ!もっと優しく着陸しろ!」

「飛行機壊す気か‼」

「コーヒーがこぼれぬように着陸しろ‼」

 後席からヴェルヘルミーナの怒声を受けながら何回も繰り返して身体で感覚を覚えさせられる。

「今日は針路を真っすぐに維持する事を目的として飛行訓練を行う」

 簡単そうな課題だが、飛行機は空気の中を常に移動しているので空気の動きである風で容易にふらつく。それは水平儀や旋回計でもハッキリと残酷なほど正確に表示される。

「エミリア‼ふらついてるぞ‼」

「風に流されているぞ‼」

「旋回計の玉の動きを確かめろ‼」

 交話器ごしにヴェルヘルミーナの怒声が次々と聞こえて来る。操縦桿や足踏棹を操作してエルロン(補助翼)方向舵(ラダー)昇降舵(エレベーター)を風に当ててふらつかないようにするのがこれまた一苦労だった。帰還すると今度は機体の整備が待っている。実動部隊では専門の整備員もいるが、機体構造を理解する為に騎士見習いの期間中は操縦士自身が整備をするのだ。ヴェルヘルミーナはチエックはするが、手伝う事は全く無かった。

「エミリア。言っておくが霊導力は使用禁止だ。いいな」

 と言う訳で私は霊導力を使わずに整備する羽目になった。それも最初の内だと思っていたのだが……。そうでも無いようで結局の所、霊導力使用が解禁されるのはもっと後の事となった。使い込まれた古い機体を整備するのは楽ではない。簡素な造りでも古さが難易度を上げるのだ。

「今日はチューリッヒまで往復する」

 1週間程の飛行訓練でどうにか真っすぐ飛べるようになると飛行距離が途端に長くなる。

「今日はバーゼル、ローザンヌからベルンの戻るコースで飛行してもらう」

 その次の週には飛行計画を自分で立ててヴェルヘルミーナに承認してもらう。そして、承認された通りのコースを実際に飛ぶのだ。ランドマークタワーはできるだけ上空から分かり易いものにする必要がある。

「今夜からは夜間飛行訓練を行う。手始めに離着陸からだ」

 8月の終わりになると夜間飛行訓練が始まる。夜間の離着陸は地上の小さな灯りが唯一の頼りだ。逆に言えば灯火は漏らしてはいけない事になる。私は割と夜目が利くので難しいと思った事は無かった。


 9月からは新学期が始まる。その為に8月中に実用機訓練に入りたいようだけどちょっとペース早すぎやしないかと思う。本当に休み無しの猛訓練だ。バカンスなどというしゃれた単語は毎日の訓練のせいで既に頭の中からすっかり消えて無くなっていた……。



「ふう」

「溜息をつくなんて珍しいね」

 エリーザベトは私の溜息を珍しがる。

「連日連夜の飛行訓練だもの。その位は出るわよ」

「それは、お疲れ様」

「そっちはしごかれていないの?」

「僕は山育ちだからそれ程でもないけれど、他のみんなはへばっているね」

「山育ちというよりも、霊導力の差なんじゃない?」

「あはっ!そうとも言えるね‼」

 エリーザベトは笑ってごまかした。

「あんた、日本人みたいね」

「え?何で?」

 エリーザベトはキョトンとした。


 飛行訓練は雨などで飛べない時は座学や屋内運動場での訓練に変更なったり、ポンチョを着て野外演習も委細構わず実施する。兵隊になった気は無いのだがやっている事はいっぱしの兵隊と同じである。もちろん、霊導力の使用は禁止だ。みんなぶつくさ言いながら訓練をした。擬似霊魔を相手にした戦闘訓練の時は霊導力が使えるので鬱憤晴らしに霊導力を炸裂させる。ヴェルヘルミーナはしたり顔で訓練の様子を見ていた。


「では戦闘訓練終了。宿舎に戻るまでポンチョは使用禁止。霊導力で雨を凌げ」


 ヴェルヘルミーナは無茶な命令を出す。


「そんなぁ」

「聞いてない」

「もう、くたくたなのに……」

 みんな一斉にブーブー文句を言いだす。が、ヴェルヘルミーナはお構いなしだった。

「じゃあ、ポンチョ没収♡」

「仕方ないわねぇ…」

 私は特大のシールドを頭上に展開する。シールドを展開する事で雨を凌ぐ。

「ほう、そう来たか…」

 ヴェルヘルミーナは私の顔を見る。

「何か。中尉」

「いや、何も」

「そうですか」

 この後は黙りこくって宿舎まで歩いて帰った。

(さすがはEXランクの事はあるな)

 ヴェルヘルミーナはにやりと笑った。


「今日はパラシュート降下からのサバイバル実習をする」

 飛行機乗りで一番厄介な訓練の一つだ。先日の雨の件があるのだろうと私は思った。ヴェルヘルミーナは途中で擬似霊魔との戦闘訓練もあると明言した。

「鬼だ」

「何か言ったか?」

「いいえ」

 私は日本語で独り言を言った。しかし、出発直前になって本物の霊魔が出現してサバイバル実習は中止になった。ヴェルヘルミーナは悔しがっていたが飛行機に乗って出動した。

「やれやれ」

 そう思っていたら団長が現れた。

「団長も出撃ですか?」

「いいえ。今日は私がエミリアを鍛えてあげますね」

 団長はにっこりと笑った。

「えーっ‼」

 私は思わず驚きの声を上げてしまう。と言うより嫌な予感しかしない。

「あらあら。そんなに嬉しいのかしら?」

 団長はなめずりをしてサド的な笑みを浮かべる。

「あ!そこにいた‼」

 本部のドアが開き、副団長が姿を見せると団長を指差す。

「わ、見つかっちゃった♡」

 団長は逃げようとするがすぐに副団長に捕まる。

「今日こそ書類仕事を全部片付けて貰います」

「え~?」

「食事抜きにしますよっ‼」

「え~?」

「えーじゃない!」

「そんな殺生な~」

 そんなやりとりをしながら団長は副団長に襟首を掴まれ、子猫のようにして連れ戻されて行った。どこで、そんな日本語を知ったんだろう?私はそっちの方が気になった。

 ぱたん。

「………」

 どうやら団長はデスクワークがお好きではないらしい。

「ヒマだし、シュミレーターでもするかぁ」

 私はシュミレーター室に行った。後でヴェルヘルミーナに聞かれそうだからね。サボってましたなんて死んでも言えない。私はシュミレーター室でじっくりと心置きなくシュミレーター訓練をした。


 出撃先が遠かったのか規模が大きかったのかは不明だったが、ヴェルヘルミーナが戻って来たのは次の週になってからだった。



 9月。今日からギムナジウムでの授業が始まる。私は二年次への編入が認められてもう一度一年生をする事は免れた。

 同期生達はエリーザベトを除き年上だったから上級生のクラスに割り振られた。ギムナジウムは一般生徒も通学する。彼女達のドイツ語レベルは入団当初よりも上達していたから心配する必要は無いだろう。

 授業の中身はドイツ語で、内容もそれ程ドイツとは変わりは無かった。あるとすれば歴史と公民といった社会科の科目だ。それは日本でも経験している。それから、霊導騎士見習いも一般生徒と同じに扱われる。教師の話によれば、近年においては仮に霊魔が出現しても学生まで実戦投入される事は危急的対応以外、殆ど無いと言う。エリーゼママのおかげだと言っていた。


 さて、ドイツから来た本物の王女様と言う事で私に興味津々なのがいたが、それはプロイセン王女とかではなくて、ナチスがどういうものか、という類の質問の集中砲火を浴びるとは思わなかった。

 ナチスの影響は巧みなゲッペルスによるビジュアルプロパカンダで浸透し始めて次第に魅了されて行く者が少なくなかった。それは隣国でドイツ語圏であるスイスも例外では無かったのだ。確かに客観的に見れば、のセンスは洗礼されている。しかし、それらの中身は極めて野蛮で暴力的であった。それは、この私自身が体験している。

「ねえねえ、ナチスってどうなの?」

「単なるゴロツキろくでなし殺人集団貧乏集団よ」

「あんなカッコいい制服を着ているのに?」

「見た目に騙されてはダメ。私は体験者なのよ」

「ユダヤ人対策や失業対策に本腰を入れているのに否定するの?」

 と憤慨する者もいた。が、私は反論する。

「人殺しはそれ以前の問題。人がいなくなれば代わりを呼んでくるしかない。失業者という代わりがいっぱい世の中にいるからそのように見えるだけよ」

 それでも食い下がって来る。

「共産主義者共を一掃したじゃないか‼」

「奴らは共産主義者かどうかではなく自分達の邪魔者を消しただけよ。だから、私は今ここにいる」

 そう言われて質問して来るクラスメイト達は押し黙ってしまう。しかし、この種の質問が途絶えるのはスイス政府がナチス禁止令を出すまで続く事になる。


 全く。反吐が出そうだ。


 それから暫くギムナジウムに行くのが憂鬱になった。スイス国内でもナチスに心酔する者も現れ始めていた。いずれ、スイスにもいられなくなるのか。私は気が気でなかった。


 9月下旬になると気温は低くなって寒くなる。それと同時に練習機での訓練から実用機での訓練に切り替わった。と言っても同じ複葉機なので性能的にも見た目的にもそれ程代わり映えはしない。強いて言えば大戦機のお古から少し新しくなった程度だった。訓練内容も戦闘訓練が多くなった。模擬空戦もあれば地上との連携で爆撃や機銃掃射の訓練、写真偵察訓練もあったし、地上での小規模なサバイバル訓練もちょくちょく挟まるようになった。冬が来る前に経験を積ませたいのだろう。私達はオクトーバーフェスタに脇目も振らずに訓練に励んだ。


 12月。スイスも積雪の時期となると共に今度はクリスマスが近づいて世の中は自然と浮ついて来る。それは霊導騎士団と雖も例外では無かった。国外から来ている見習い騎士達は一時帰国する準備を始めた。私もスイスでは外国人だが、ドイツに帰る事は出来ない。私は複雑な思いでその光景を見た。

 クリスマス休暇が始まり寮はがらんどうとなる。エリーザベトやヴェルヘルミーナ達スイス出身者達も実家や自宅に戻ってしまった。

「いたいた」

 何故か帰ったと思っていたヴェルヘルミーナの声がする。忘れ物でもしたのかな?

「おい、エミリア。支度しろ」

「何で?」

「私の家に泊まるからだろう」

「……?」

「早くしろ‼」

 何故かヴェルヘルミーナは照れながら怒鳴った。私は仕方なく急いでトランクに着替えを詰め込んだ。

「遅いぞ‼」

「5分もかかってないけれど?」

 玄関に行くとヴェルヘルミーナは落ち着かない様子で怒鳴り散らす。が、私はそれを受け流して言い返す。

「いいから!早く車に乗れ!」

「何照れてるの?」

 私はヴェルヘルミーナのツンデレに訝りながら車に乗り込んだ。


 ヴェルヘルミーナは珍しく車を飛ばす。車中、私とヴェルヘルミーナは言葉を全く交わさなかった。変な人。

 2時間程でマンシュタイン家に着いた。ベルンや本拠地からは大分離れた所に邸宅はあった。ヴェルヘルミーナは車を止めると、いそいそと車から降りて後部座席のドアをうやうやしく開ける。珍しく“殿下”付けだ。

「エミリア殿下。どうぞ」

「ダンケ」

 私は車から降りると、邸宅の玄関ドアが開いて団長などが出て来て私を出迎えてくれた。

「ようこそ。プロイセン王女マリア エミリア殿下」

 団長はスカートの両端を持って左足を右足の後ろに下げてうやうやしく挨拶をした。

「ダンケシェーン。オルデンマスター」

 私は団長の導きで邸宅の中に入った。



 マンシュタイン家。かつてはプロイセン王国に仕える軍人を代々排出して来た名門の片割れである。本家は今もドイツ国内に健在であるが、現在のマンシュタイン家の当主は、同じ名門軍人の家の出身である養子である。これは、彼が生まれる前から決まっていたらしい。「エリーゼママ」のマンシュタイン家はナポレオン戦争の前に枝分かれしてスイスに移住したとの事だった。ケンカ別れかと思っていたが、食糧不足が原因だったらしい。かつて、プロイセン王国の領域は、冷涼地帯で作物がロクに育たない地域だった。ドイツ統一を果たしても食糧不足は慢性化し第一次世界大戦中も克服できなかった深刻な問題だった。餓死者も出る状況でよく戦争を決断したなぁと未だ存命中の皇帝カイザーの事を思う。きっと軽い気持ちで戦争をしたのだろう。少なくとも私はそう考えた。父はこの点、特に触れる事は無かったが、当時の人々は、戦争はすぐに終わると貧富の差なくみんな思っていたと聞かされた事があった。ついでに言うと、食糧問題はドイツだけでなくオーストリア=ハンガリー帝国でも重要な課題だった。オーストリアも開戦の年は特に深刻な食糧不足だったにも関わらず、帝国の威信を優先させたのだった。


 それはさておき、私は邸宅の中に入りヴェルヘルミーナによってあてがわれた部屋に案内される。

「では、ここを使ってくれ」

「早く言ってくれれば少しはおめかししたのに」

 私は部屋に入るなりヴェルヘルミーナに憎まれ口を叩く。

「悪いな。母はエミリアを招く事を内密にしたかったんだ。私は正式にお招きしたかったがね」

 何だが意外。むしろ逆だと思っていた。

「団長は何か魂胆でもあるのぉ?」

「さすがにそんな事は無いと思う」

「ふーん?」

「私は母とは違って素朴な方が好きなんだがね…」

 部屋まで荷物を持ってくれたヴェルヘルミーナは伏目がちに答える。

「ふーん…?」

 確かに着飾ってお色気と愛想たっぷりの団長と、愛想も無く、全く化粧せず、媚びず、ご機嫌取りも全くしないヴェルヘルミーナの違いは、単に考え方や嗜好の違いだけではなさそうだった。私はこの親子の関係をクリスマスの間、注意深く観察する事にした。何か、目的ができたので少しは気が紛れるだろう。それはともかく、何故かヴェルヘルミーナは部屋から出て行こうとしない。

「ねえ、何かあったの?」

 私はヴェルヘルミーナを質す。

「私は…将来、この騎士団を団長として継承する立場にある…」

 ヴェルヘルミーナは珍しく視線を床にやりながら答える。

「それで?」

 私は話の続きを促す。ロットソルトオルデンマスターの地位は基本的には世襲だが、スイスの原則を遵守する為に一定地位以上の幹部は基本的にスイス人から選ばれる。私はドイツ人だから選ばれる事は無いだろうけれど。

「うん…。それで、将来、私が団長になったら、明らかに母とは違う路線になるだろう。という話だ…」

 違う路線か…。まあ、少なくともお色気路線は無いだろうなぁ。と、一瞬ふざけた事も考えたがそういう事では無いだろうねぇ…。

「それって、所謂、スイスの原則から一歩踏み出すって事?」

 私はまじめ路線に戻って声を低くして喋った。

「いずれはそうなるかも知れん。今、世界には極端な思想勢力が国家を牛耳っている国がこのヨーロッパだけでも3つもあるのだ。世界征服を企む国が3つもな」

「そう考えれば、穏やかな状況では無いわね」

 割と冷静に状況分析をしている。ただ威張っていただけでは無いようだった。世界征服を企む国。文字通りかは別にして、イタリア、ドイツ、ソ連。イタリアとドイツは技術や経済力がある列強とはいえ、小さな国で人口も多くない。しかし、ソ連は広大な国土と人口が多い。そして世界唯一の共産主義国として秘密のベールに隠されている。不気味な国だ。しかし、共通点がある。粗暴権威主義的独裁体制で人間に優しくない国だと言う事だ。そんな勢力が国境を越えようとすれば間違いなく大きな戦争になるだろう。そしてスイスはイタリアとドイツに挟まれている。オーストリアは世界の中心になる程の大国だったが、第一次世界大戦の敗戦にて小さな国になってしまい、フランスはだけ考えれば未だに大国とは言えるが、ナポレオンのような人材が世に出ない限りイギリスの如く覇権を窺う事は無いであろう。これは国家観点での話。霊導騎士の観点ではちょっと異なっていた。

「青獅子団の事?」

 私はヴェルヘルミーナに聞いてみた。青獅子団はロットソルトと対立している霊導騎士団で、ロンドンに本部を構えていた。そして、イギリスのいる所には青獅子団がいると言っても過言ではない。対立の原点はエリーゼママが大っぴらに同志を率いて公然と霊魔討伐をした事にあるらしい。当時はロットソルトは設立されておらず、イギリスの青獅子団とロシアの聖ゲオルギー騎士団が霊導騎士団として活動していた。聖ゲオルギー騎士団はロシア革命以後、赤色革命騎士団と改名させられた。いずれも女性は入団できなかった。

「そうだ。あいつらは母はともかくロットソルトを目の敵にしているからな」

 ヨーロッパ大陸では、ぼったくり青獅子団よりも地道に活動していたロットソルトオルデンの方が評判が良く、第一次世界大戦をきっかけにヨーロッパ大陸はすっかりロットソルトオルデンの独壇場となった。しかし、ヨーロッパ以外の領土はイギリス領の方が圧倒的に多いのだ。従って、イギリスの後ろ盾を持っている青獅子団と事を構えるのは得策では無い。頼れるとしたらフランスやホランドと言う事になるだろうがイギリスと比較するとあらゆる点で頼りない。

「イギリスに対抗するの?」

「まさか。青獅子団に対抗する」

「でも、イギリス政府と青獅子団は表裏一体じゃない?」

「そこが問題だ」

 私はちょっと疑問を持った。霊魔そっちのけで霊導騎士同士がいがみ合うのか?だが、ヴェルヘルミーナは私の予想を超えた話をした。

「霊魔より同じ力を持った人間の集団の方が問題だ」

 ヴェルヘルミーナは言い切った。

「戦争するって事?」

「いずれはそうなるかも知れない」

「でも、何でそんな事を私に話すのかしら?」

「君は世界広しと雖も数少ないEXランクの人間だ。ロットソルトでもエミリアを含めて10人しかいない。URランクはたった3人だ。EXランクはロットソルトの主力であり切り札なのだ。ノーマルSランクなぞ、頭数程度にしかならない」

 多いのか少ないのかは判断出来かねる人数だなぁ。

「青獅子団はどの位いるのかなぁ?」

「うむ。この倍はいるものと推測している」

 3倍どころでは無い感じだ。何となく。

「イギリスとは戦争をしないで青獅子団と戦争するって理解が難しいわね」

「そのうち解るさ」

 ヴェルヘルミーナは私より4つ年上だ。その分、彼女には見えている所があって、私にはまだ見えない部分があるのだろう。

「ヴェルー!」

 ヴェルヘルミーナは母である団長に呼ばれた。

「Ja!」

「ちょっと来てー!」

「今行く」

 ヴェルヘルミーナは返事をして部屋を出て行く。

「この話はまた後で」

 と言い残して。


 ああ見えてヴェルヘルミーナは正式なロットソルトオルデンのマスター後継者なのだった。自分の将来の環境について考えを巡らすのは一朝一夕ではできない芸当だ。かなり前から考えていたのだろう。私はホーエンツォレルン家の一員だけれども、宗家でもないし実権そのものも無いからそこまで自分の将来について意識して考えた事は無かった。それはドイツの将来も然り、だった。


 私はまだまだ子供なんだなぁ。


 そう思いながら私はベッドに寝転んで天井を見つめた。


 その日の夕食。団長の旦那であるオットー、ヴェルヘルミーナの妹ゲルテ、ラーラに会った。オットーは予想に反して背が高くハンサムで素朴な人物だった。ゲルテ、ラーラは母親に似て可愛らしい。こうしてみると、ヴェルヘルミーナの性格と考え方は父親であるオットーに影響を受けているのだろう。

「此度はご自宅にお招き頂き光栄に存じ上げます」

「王女殿下。どういたしまして。休暇が終わるまで、どうぞおくろつぎください」

「あなた!そこは、"ご自分の家だと思って”でしょ!」

 団長がツッコミを入れる。

「ああ、そうだね」

 オットーは頭を掻いて苦笑いをする。あまり気取らない人なのだろうが、さすがにヴェルヘルミーナも呆れていた。

 ヴェルヘルミーナの妹であるゲルテは私より一つ下、ラーラは三つ下だった。ゲルテは年が明けたら霊導力試験を受けるという。

 オットーはお婿さんで、精密機械を手掛ける会社の経営者であり、自身も職人だった。

「僕は一人息子でね。家業を継ぐ事でマンシュタイン家への婿入りを許してもらったんだよ」

 素朴な性格では会社経営は少々問題があるのではと少々思っていたからだった。実際にドイツや日本でそういう性格の人が騙されて代々続いて来た家業を潰してしまうのを何度も目の当たりにした私としては他人事ながらかなり心配した。

「はは。心配してくれてありがとう。でも、僕はお人好しとは思っていないんだけどね…」

 オットーはまた頭を掻いて苦笑いをした。

「エミリア。私が言うのもなんだが、さすがに父はお人好しとは思えないのだけれど」

 ヴェルヘルミーナはオットーを弁護する。エリーゼはずっとクスクス笑っている。

「まあ、ヴェルヘルミーナがそう言うのであれば、そうなんでしょう。謝ります」

 私はオットーに頭を下げた。

「いやいや。殿下。気にしないでください」

 オットーは頭を掻いて恐縮していた。


 夕食が済むと別の部屋でヴェルヘルミーナやゲルテ、ラーラとカードゲームやボードゲームをしたりして楽しく過ごす。こうしていると妹のマルガレータを思い出す。その時、私の頬に涙が伝う。

「泣いてるの…?」

 ラーラが心配そうに私を見る。

「ごめんなさい。ちょっと思い出してしまって…」

 私は涙をぬぐう。

「今日は、もう終わりにしよう」

 ヴェルヘルミーナが拡げたカードを畳む。

「えーっ⁉」

 ラーラは不満そうな声を出す。

「ヴェルヘルミーナ。気を使わなくていいわよ。何でもないから」

「いいから。片付けろ!」

「じゃあ、私とポーカーしない?」

「何だと?」

「私が勝ったらゲームは継続。ヴェルヘルミーナが勝ったら今夜はおやすみ」

「…まあ、いいだろう」

 ヴェルヘルミーナは私の誘いに乗った。ゲルテが新しいカードを持って来た。カードはラーラが切り、カードが5枚配られる。

(ダイヤの3、スペードの10、クローバー7とJ、ハートがK)

 私は2枚交換する。

(ワンペアか…)

 10のワンペアだった。ヴェルヘルミーナは8のワンペアだ。


 再度カードが配られる。


 ヴェルヘルミーナはツーペア。私も同じだ。


 3回目はお互いワンペア。


 4回目の時、エリーゼママが入って来て、ゲルテとラーラが強制的にベッド行きを命じられてお開きとなりしまりの無い決着となった。私とヴェルヘルミーナはカードやボードゲームを片付けながら話す。

「ヴェルヘルミーナはポーカー強いの?」

「そう思った事は無いかな」

「エミリアは自信あるのかい?」

「ええ。そうでなければ、実力の知らない他人に勝負を持ちかけたりはしないわ」

「フン。なるほどな」

 ヴェルヘルミーナは笑みを見せる。

「エミリア」

「なあに?」

「私の部屋に後で来て欲しい」

「分かったわ」


 私はヴェルヘルミーナの部屋のドアをノックする。

「入ってくれ」

 私は部屋に入った。部屋は大きな地図が貼られ、机の上には大きな地球儀が鎮座していた。

「なあに?どっかの参謀本部のつもり?」

 私は少し茶化して見る。

「そんな所だ」

 ヴェルヘルミーナはおくびにも出さない。

「まさか寮の部屋もこんな感じなの?」

「まあな」

「まあ」

 私は少し呆れ気味に言う。

「今夜は世界情勢について話し合おう」

「え~。昼間の方がいいんじゃない?」

「いや、昼間は色々邪魔が入るからな」

「そう」

「取り敢えず、そこに座ってくれ」

 ヴェルヘルミーナはやっと椅子をすすめた。どうやら今夜は寝られないらしい。


                                つづく

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黒鷲は死なず 土田一八 @FR35

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