第6話

「……まあ、及第点と言ったところでしょうか」

 そう言うアカネは、お尻を突き出すように地面に倒れ伏していた。

「百戦して百勝してるのに、それでも及第点なの?」

 見るからにボロボロな彼女に対して、の私は手を差し伸べる。

 私達は高等部の入学に向けて、最後の仕上げとして百戦の勝負をしていた。結果は見て分かるとおり、私の圧勝。まさか私も、自分の師匠をボコボコにできるとは思わなかった。もっとも、十年間の修行はあり得ないくらいきつかったのだが。

「当然です。私に勝ったからって、いい気にならないでください」

「かませ犬みたいな台詞……。いや、分かってるけど……」

「私なんて下の下です」

「そんなことないでしょ」

「小指以下です」

「それはさすがに卑下しすぎじゃない!?」

 これでもこっちは必死に戦ってたんだけど!

 しかも何で小指?

 アカネが私の手を取って立ち上がる。

「私は奥様から、お嬢様を最強にするように命じられました。ですが十年経った今でさえ、私に圧勝する程度の強さにしか鍛えられなかった……!」

「いや、だから最強にはしなくてもいいって言ってるじゃない」

「駄目です! 最低でも、勇者に勝てるぐらいでなければ!」

「それどうやって比べるのよ……」

 魔王にでもなれと言うのだろうか。いや、勇者がいたとしても敵対する必要はないか。

「だから、お嬢様にはアヴァロン学園に通ってもらう必要があるのです。私では、お嬢様を私より強くすることができても、私より強い人に勝てるようにすることはできませんから」

 言いたいことはわかるのだが、何度も言うように、私は別に最強を目指しているわけではない。誰かの助けになりたいのが建前、細マッチョになりたいのが本音である。最強になりたいとは微塵も言っていない。まあ、おかげで理想のボディは手に入った。彼女には感謝してもしきれない。

 アカネは自らの身だしなみを整え、私と向き合う。

「ともかく、これにて修行は終了です、お嬢様。私から教えられることはもう何もありません」

「……うん、ありがとう、アカネ。お疲れ様」

「お嬢様も、お疲れ様です」

 私達は固い握手をして、お互いを労った。

 十年間の修行が、無事に終了したのだった。


 ・・・


「んー」

 一日の中にある、一人きりになれるわずかな時間。私は姿見の前で、下着姿でポーズを決めていた。

「……イイ」

 恍惚とした表情で鏡を見つめる。それもそのはず、そこに映っているのは、十年間の努力の末に手に入れたパーフェクトナイスバディである。理想が現実にできたのだから、興奮するのは当然だ。

 うっすら浮き出た腹筋、女性にしては高い身長、程よく大きい胸。齢十五にしては、かなり完成された体をしている。一つ文句があるとするなら、少し筋肉がつきすぎていることだろうか。

「これでスポブラとか着けてたら、完璧なんだけど……」

 残念ながら、この世界にはスポーツブラは存在していなかった。その代わり、形が崩れにくいサラシの巻き方を、アカネが教えてくれた。これが動きやすいのなんのって。

「サラシ姿も、イイ……」

 背中まで伸びたポニーテールと最高にマッチしている。剣道とかやってそうだ。

 ポーズを決めながら、そんなことを考えていると、

 コンコン

「エルザ、入るわよ」

「え」

 私の返事を待たずに部屋の扉が開き、エレナがひょっこり顔を出す。

「あなたの制服がさっき届い…………」

 私と目が合った。

「………………」

「………………」

「……エルザ」

「待って違うの御姉様」

「とっても立派になったわね」

「それは誤解…………は?」

 エレナは、私が思っていたのとは違うベクトルの言葉を言った。

「何をしても無反応だったあなたが、強くなりたい、なんて言い始めた時はどうなることかと思っていたけど、こんなに逞しくなってくれて、私嬉しいわ!」

 そうだっただろうか。正直、五歳以前の自分の振る舞い方が思い出せなくて、言われてもピンと来ないのだけれど。

 というか、下着姿でポーズを決める妹を見てなんとも思わないのか、この人は。

 「それだけの肉体だもの、見惚れるのも無理ないわ」

「いや、あの、そうじゃなくて」

「あら、違うの?」

「……いいえ、あってます」

 弁明の余地もない。むしろ、褒めてくれてありがとう、と言いたいくらいだ。

「そ、それより御姉様! 私の制服が届いたというのは本当ですか?」

 彼女があまりにもまじまじと見てくるので、私は強引に話を戻した。

「あぁ、忘れてたわ。はい、これ」

 渡された小包はずっしりと重い。明らかに制服だけじゃない気がする。

「メイドに任せればいいのに……。よくここまで持って来れましたね」

「そんなの余裕よ、余裕」

 そう言う彼女の両手は余裕とは程遠く、ぷるぷると小刻みに震えていた。

「あなたの制服姿を一番に見たかったのよ」

 いつ見ても一緒では?

 なんて、無粋なことは言うまい。家族との思い出はいくらでも欲しいものだからな。

 少しだけ優しい気持ちになった私は、もらった包みをベッドの上に広げて中身を確認する。出てきたのは確かにアヴァロン学園の制服。紺色のブレザーとスカート、赤色のリボンに、冬用と夏用のワイシャツが二枚。注文通りである。

 ただし、明らかに違うところが一つ。

「……あの、御姉様」

「なあに、早く着替えて見せて?」

「なぜ、こんなにキラキラしているのでしょうか?」

 私の手にあるブレザーは、大小様々な宝石が散りばめられていた。それはスカートやワイシャツも例外ではない。光に照らされて無駄に輝くそれらを見て、学園の制服と考えられる人は少ないだろう。

「あら、何か問題でもあったかしら?」

「大ありですよ、こんなの……。まさか、御姉様が?」

「そのまさかよ!」

 誇らしくするな。

「アカネー。アカネいるー?」

「写真撮るの?」

「宝石取るの!」

「高かったのに!?」

「知らんがな!」

 そういえばこの家、お金持ちだった。よく見りゃ宝石も大きめのが多い。道理でずっしりと重い訳だ。

「い、いいじゃない、少しぐらい付いてても」

「これのどこが少しですか。もはや美術品ですよ」

「お呼びでしょうか、お嬢様」

 気配もなくアカネが現れる。相変わらず登場が早い。

「アカネ、この制服なんだけど」

「あぁ、そちらですか」

 知っていたような感じの彼女は、懐からカメラを取り出した。

「さ、早く着替えて下さい」

「着替えないよ!?」

「えっ、下着姿を撮るんですか?」

「宝石を取るの!」

 制服を宝石まみれにすることに、何の疑問も抱かない彼女達が怖い。

「ちょっと、なに騒がしくしてるの?」

 と、今度はマリアが覗き込んできた。私は、藁にもすがる思いで母に駆け寄った。

「御母様、これ見てくださいこれ!」

「……これは」

 渡された制服を見た彼女は、かすかに眉をひそめた。

「駄目じゃない、こんなにしちゃ。学校で変な目で見られちゃうでしょ」

 良かった、母はまともな感性を持っているようだ。やはり母親は頼りになる。

「せめて制服と同じ色にしなくちゃ。こんなカラフルじゃ、センスが悪い、って笑われちゃうわ」

「御母様違うそこじゃない!」

「「なるほど」」

「そこもなるほどじゃない!」

 その後、三人を説得するのに1時間くらい掛かり、結局制服は他のメイド達に直してもらうことにした。

 直してもらっている間、アカネ達からメイド達を守るのに未だかつてない死闘を繰り広げたのだが、それは別の話である。

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TS転生したので理想の女性を目指したら女の子にモテはじめた。 朝昼 晩 @asahiru24

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