第3話
「ほ、ほんとにいいの?」
「いいですよ」
「ほんとのほんとに?」
「はい」
「うそじゃない?」
「嘘ついてどうするんですか」
まさかの一発OKだった。こんなあっさりOKを貰えるなんて、ちょっと拍子抜けである。
「さあ、早く湯船に浸かりましょう。体が冷えてしまいます」
そういえば、抱えられていることを忘れていた。いい加減、脇が痛い。
「よっこらしょ」
ちゃぷん、とアカネが湯船に入る。肩まで浸かった後、彼女は私をギュッと抱き締めた。
「………………………………え?????」
何が起きているのか、わからなかった。
いや、わかってはいる。状況を理解しているが、何故こうなったのかがわからない。何故私はアカネに、抱き抱えられる形で風呂に入っているのだろうか。
「触りたかったんですよね?」
私の耳元でそう囁きながら、彼女は足を絡ませてきた。
「これなら、全身で私を触れますよ」
確かに触りたいとは言ったけど、こんな全身でアカネを感じるくらい密着したいなんて言ってない!
背中にいろんな柔らかいところと固いところが当たってて筋肉どころじゃないんだけど!
てか、腹筋固ぁ!
「あの、アカネさん……」
「はい、なんでしょう?」
「できれば、てでさわりたかったんですけど」
「……あぁ、そっちでしたか」
むしろ、なんでそっちじゃないんだ。
結局その後は、アカネの筋肉を十分に堪能し、背中に感じた感触を忘れないよう、心に決めたのだった。
・・・
「駄目に決まってるでしょそんなの!!」
屋敷の中に、お母様の声が響き渡る。
浴場から出た後、ちょうどお母様とすれ違ったので、アカネと話したことをそのまま伝えると、彼女は想像以上にこれを拒絶した。
「強くなりたいだなんて、貴女は女の子なんだから必要ないでしょう! それに、怪我でもしたらどうするのよ!」
マリア・ディアマンテ。その名の通り、普段は聖母の様に心優しい人なのだが、今回ばかりは駄目だった。温厚な母が、こんなに声を荒らげるところを、私は初めて見た。
「奥様、どうか許可を頂けないでしょうか?」
「嫌よ!」
「私が教える、と言っても?」
「駄目ったら駄目!」
あのアカネの説得も、今のマリアには通じないみたいだ。母の威厳、というよりは、少女のわがまま、と言った方がしっくりくるが。
「おかあさま」
私は、着ていた寝巻の袖口を握って、お母様の方を見つめた。できる限りの潤んだ瞳で。
「どうしても、だめ?」
「エルザ……」
マリアが、元の優しい母の顔に戻っていく。いいぞ、このまま推せばなんとかなるかもしれない。
「わたし、アカネみたいにつよくなりたいの! だからおねがいっ!」
「…………駄目よ」
しかし彼女は、絞り出すようにそう返した。
「なにもあなたが強くなる必要ないでしょう? アカネみたいにならなくても、あなたにはもうアカネがいるんだから。強くなくても、誰かを救うことなんていくらでもできるのよ? なんなら、アカネに頼ればいいじゃない」
それはそうだ。私自身が強くなくても、すでにアカネという力を従えている。わざわざ鍛えなくても、私はもう誰かを救うことができるのだ。
だけど、そうじゃない。
私が、いや、俺が欲しいのは、誰かを助けたという実感だ。
何も成し得なかった俺は、何かに貢献し、みんなに認めて欲しい。
この世で生きてて良いと、存在してて良いと思われたい。
もう二度と、親にあんな顔をさせたくない。
誰かに頼ることでしか生きられない人生なんて、もう御免だ。
だから、だから俺はーーーー。
「いいじゃないですか、お母様。エルザがこんなにやりたがっているのだから」
落ち着いた声が、廊下に響く。
声の方を向くと、四人のメイドを従えた、人形の様に可愛らしい少女が、そこにはいた。
「というか、はしたないですよ、お母様。そんなにデケェ声を出して」
違った、私の姉だ。
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