第36話


 そうだった。

 俺はウンディーネちゃんのヒーローになろうとしたんだ。

 全部忘れていた。

 ウンディーネちゃんのことも。ガーディスのことも。

 俺はガーディスを助けられなかったんだ。

 逃げるように、記憶を封印していたんだ。ガーディスの最期も。

 俺のことを叫んで死んでいった愛弟子ガーディスのことを。

 俺は自分を守るために全てを忘れてしまっていたというのか。

 俺は……最低だ。


 全てを思い出してから、俺は自分の愚かさに塞ぎこんでいた。

 これが俺の本性か。受け止めきれなかったら忘れて。なかったことにして。逃げて逃げて逃げて。それでなにになるっていうんだよ。


「いい加減にせんか!」


 自責の念に囚われる俺に、煩わしい叫びが届く。


「いつまでもうじうじするでないわ!おぬしにはやるべきことがあるじゃろうが!」


 うるさいな。


「はぁ……仕方ないのう」


 それでいい。俺のことなんて放っておいて───


「ぶはっ!」


 意識が飛ぶほどの衝撃と共に、世界が反転した。

 口の中に血の味が広がり、冷たい床に縛り付けられる。


「ってえな……」


 行き場のない怒りが、爆発寸前までに広がっていた。


「セロ。君は立ち上がらないのか?」


 声の主を見上げる。

「それは彼らの死を無駄にするだけだ」


 黙れよ。そんなことわかってんだよ。


「僕達は彼らの死を乗り越えなければならない。それが生き延びたものの務めだ」

 はは。だったら俺は生者失格だな。俺は全てに蓋をして、目を逸らしていたんだから。

「セロに何があったのかはわからない。───いや、想像はつくよ。ガーディスのことだろう?」


 ……。


「あの短時間で乗り越えたのかと思っていたけど……あれは空元気だったんだね」


 違えよ。俺は全部忘れてたんだ。


「それでも君は夢を諦めてないものだと思ってたけど、違ったのかい?」


 諦めてない?笑わせるな。夢のことだってすべて忘れてたんだ。全部な。


「ウンディーネを召喚したことも」


 たまたまだ。


「そこのメデューサを庇っていることも」

「えっ!?私バレてたんですか!?」

「おぬし、雰囲気を壊すでないわ」

「あっ、ごめんなさい」


 ……知るか。そんなやつ。


「もうしゃべっていいのー?」

「ディーネ、もう少し我慢じゃ」

「えー!もうやだー!」

「ちょっとウンディーネさん!雰囲気が台無しですよ!」

「元はといえばおぬしのせいじゃろうが!」

「三人とも、少し静かに……」

「おにーさん!げんきだしてー!」

「ちょっ……ああもう!とにかく僕は、セロはまだ誰かのヒーローになろうとしてるんじゃないかって言いたかったんだ!」


 ……ぐだぐだじゃねえか。俺は真面目に……


「そうですよ!セロさんは私の図々しさを見習ってください!」


 お前は本当に黙ってろよ。


「おぬしは最低だった。それでいいじゃろう。これから受け止めて生きていけばよい。完璧な人間などおらぬのじゃからな」


 なんて都合のいい言葉なんだろうか。

 そう思いつつも、俺の心はその言葉で少し軽くなったような気がしていた。いや、その言葉だけじゃない。畳みかけるように励ましの言葉を投げかけてくれる人たちがいる。俺は、そんな人たちの前でいつまでもうじうじしているだけでいいのだろうか。


「……あれ?今のって私に言ったんですか?……いや、よく考えたら違いますね。私人間じゃないですし」

「心当たりがあるならおぬしも精進せい」


 ……勝手に身に染みてるやつもいるし。

 本当に。


「お前ら……」


 俺が声を上げると、全員がピタッと静かになった。


「……少し気が楽になったよ。ありがとう」

「酷い顔じゃ」

「うるせえ」


 俺はまだ、自分を許せそうにない。

 でも、それでいいのかもしれない。

 そんな自分でも胸を張って生きていけるように。

 やっぱり俺は、誰かのヒーローになろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る