第35話


「『ダークカノン』!」


 俺の手から発された漆黒のレーザーに、エルドスパイダーの子供達はなすすべもなく消えていく。

 ガーディスも特には苦労していないようで、子供の処理には余裕ができていた。

 そして、俺とガーディスがエルドスパイダーに襲われていないことからも察せる通り、エルドスパイダーのけん制も問題なくいっていたのだが、それらとは別の問題が発生していた。


「クソッ……暑すぎる……!」


 けん制班は、エルドスパイダーが吐く糸をかき消すために、炎系の魔法を多用していたのだ。その弊害として、地下水路の気温が急激に上がっていた。

 しかし、その被害を受けているのはエルドスパイダーも同じようで、お互いにどんどん体力を消耗していた。


「体力勝負になると、こっちが不利だぞ!」


 生粋の魔術師であるということを除いても、人間である俺達とあんな馬鹿でかい蜘蛛だとどちらがタフかなんて目に見えている。

 何か手はないのかと周囲を見渡していると、ふとエルドスパイダーの奥───つまり精霊の間が目に入った。


「あれは……!リーダー!精霊の間に誰かいるぞ!」

「くっ……やはりいたか……」


 見えるのは二人の人影。そして、召喚陣の光だ。


「……俺が突撃する!」


 ウンディーネが契約にかけられている最中なら、時間がない。

 リーダーの返事も待たずにエルドスパイダーへと突撃する。俺もエルドスパイダーのけん制に加われば、万が一ということもないだろう。


「セロ!?……ガーディス!」

「子供は俺がどうにかするっす!」

「わかった!エリンもけん制に加わってくれ!エルドスパイダーをセロに近づかせるな!」

「おう!」

「はい!」

「了解!」


 俺のとっさの行動にも冷静に対応してくれるメンバー達。

 あるいは俺の行動も、メンバー達を信頼していたからできたことなのかもしれない。

 全速力で駆け抜ける。

 エルドスパイダーの近くには魔術の火が燃え移っている場所もあり、体感温度はどんどん上昇していった。

 俺の動きを捉えたエルドスパイダーが、標的を俺に切り替えてくる。

 そして、その図体からは想像もできないほどの速度で、俺めがけて跳びかかってきた。


「『ファイ───』」

「『エアブラスト』!」


 俺がけん制をしようとしたのを遮るように、ダルツの魔術が飛んできた。

 その旋風は俺とエルドスパイダーの間を通り抜け、風の壁を作る。


「お前は黙って走ってろ!舌噛んでも知らねえぞ!」

「ダルツ……!」


 頼もしい仲間に心の中で感謝をしながら、精霊の間めがけて突進する。


「やっぱり召喚の契約か……!」


 精霊の間の近くまで来た頃には、その中の様子がはっきりと見て取れた。

 召喚陣の前で詠唱を唱えている黒い肌の女と、その召喚陣の上で倒れている青髪の幼女がいたのだ。


「理を阻む者。その理の真を見ん。『魔術阻害』!」


 失敗はできない。

 一言一句間違えないように詠唱して魔術を放つ。

 俺が放った魔術は召喚陣をめがけて飛んでいき───


「シャアアアアアァァァ!!!」


 ───召喚陣に辿り着く前に、エルドスパイダーがその射線上に現れた。


「クソッ!」


 無理だったか!?

 そう思った次の瞬間、エルドスパイダーが炎の海に沈んでいった。


「……所詮、魔物なんて単細胞ね」


 ちらりと後ろを振り返ると、レミアムがしてやったり顔でこちらを眺めていた。

 そして、俺の魔術は邪魔者がいなくなった射線上を駆け抜け、見事に召喚陣を停止させた。




「……」


 黒い肌の女が、ゆっくりと顔を上げる。

 悔しそうな、それでもどこかに余裕を感じる顔をしたその女が、口を開いた。


「私達を捕らえて苦しめて……利用して。いつか、絶対に後悔させてやるわ」


 その言葉が引き金となるように、その女を魔法陣が取り囲む。

 そして、その女は忽然と姿を消した。


「消えたっすね……」

「『サモン』ね。どうタイミングを計ったのかはしらないけど」


 ガーディスの疑問にレミアムが答える。

 つまりは、あの女も魔物だったということだ。


「……あの言葉、どういう意味だと思う?」


 リーダーがぽつりとつぶやく。


「このウンディーネのことだろうな」


 俺がウンディーネに触れると、ウンディーネはぴくりと震えて目を覚ました。


「……おにーさん、だれー?」

「俺か?」


 俺は先程の女の言葉を思い返す。

 魔物を捕らえて、苦しめて、利用して。

 このウンディーネは、ここに捕らえられているということなのだろうか?

 だとしたら、俺のやるべきことは一つだけだ。


「俺は、お前のヒーローだ」

「ひーろー?」

「またやってるわよ、あいつ……」


 白い目をするレミアム。


「ウンディーネちゃんは、ここから出たいのか?」

「……!でたい!」

「じゃあ、俺と契約をしよう」

「けいやくー?」

「ああ、召喚の契約。いつかウンディーネちゃんを、外の世界に連れ出してあげるって契約だ」

「する!」


 うれし涙というやつだろうか。ウンディーネちゃんは涙をこぼしながら、俺に擦り付いてきた。


「ちょっとセロ!本気なの!?」


 レミアムが声を荒げる。

 俺はいつだって本気だ。

 俺の前で悲しんでる奴がいたら、助けてやる。

 それが誰だろうと。魔物だろうと。

 正義なんて大それたもんじゃない。

 俺は、誰かのヒーローなんだ。


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