第31話
僕があらかたの事情を話し終えると、リリアさんは時を進めるかのように息をついた。
「そう……そんなことがあったのね」
そう言うリリアさんは、どこか他人行儀だった。
「でも、教えてくれてありがとう。私にはちょっと重すぎる話だったけど……」
「忘れたければ、忘れてください」
「ふふ。忘れたことにしておくわ」
リリアさんは自分の言葉を押し込むように水を飲んだ。
「でも、これだけは言っておくわね」
リリアさんの瞳が僕を捕らえる。
「ありがとう。あの子の……エリンのことを守ってくれて」
「違います。僕は、エリンに守られて……」
「違くないわ。私はね、ずっと心配だったの。私の勝手でエリンを冒険者に巻き込んで。自分だけやめちゃって。エリンに恨まれてるんじゃないかって」
「そんなことないです」
「わかってるわ。エリンは自分の意志で冒険者をやってた。でもね、わかってても心配なの。それでもエリンを応援できたのは、あなたがいてくれたからよ」
「そんなこと……僕なんて、守られてばかりで……」
「私はね、エリンのことも……ジルのことも……よくわかってるつもりよ。あの二人は、自分のことをよくわかってた。自分が何をしたくて、そのために何をすればいいのか。それがわかってて、そのことにひたむきにまっすぐだった」
「……」
「あなたは守られてばかりだなんて言うけど、それは違うわ。あの二人は、無駄なことなんてしない。あなたのことを守ったのは、それだけあなたに守られて、助けられて……自分の命を投げ売ってでも、あなたのことを守りたかったからよ」
「……ちがいます」
涙が止まらなかった。
「……ちがうんです」
何に言い訳をしているのか、自分でもわからなかった。
リリアさんの言葉が、朝の陽ざしのように僕の心を溶かす。
最初は拒むように聞き流そうとしていたその言葉も、やがて僕の心を晴れやかにしていった。
「だからもう……あなたはあなたの道を歩いていけばいいと思うわ。エリンも……ジルも。それを望んでいるはずよ」
「……!」
僕はこれまで、ひたすら最強になろうと生きてきた。
最強というのが一体何なのか。それもわからないままに。
でも、それがジルの夢だったからだ。
『俺と最強を目指そうぜ!』
僕がジルに冒険者に誘われたときに言われた言葉だ。
当時の僕は、鼻で笑った。
最強?なんだそれは。
今でもそう思う。
ジルが目指した最強というのが何だったのか。もうその答えは分からない。
分からないものを追い求めてここまでやって来たのだ。
エリンを巻き込んで。色んな人を巻き込んで。
こんな僕と一緒で、エリンは幸せだったのだろうか?
もうそれも分からない。
───でも、それでいいのだろう。
「ねえ、ベルはどうして冒険者になったの?」
「僕?僕は……奇跡の杖を手に入れるためです」
「……そう」
「ありがとうございます。リリアさん」
僕がそう言うと、リリアさんは満足そうに頷いた。
僕はまた、一つ成長したのかもしれない。
どんな強敵を倒しても、どんなに難しい依頼を達成しても感じられなかった一歩を、僕はようやく踏みしめたのだった。
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