第9話


「あいたた痛痛痛い痛い痛いい…た……くない?……うおっ!」


 真っ黒の穴に吸い込まれてからも意識が途切れるとかいうこともなく、暫く暗闇の空間で身体が捻じれ千切られたような感覚に襲われた。それが終わるとすぐに暗闇から解放され、目の前には大きな火球が……え?火球?


 一難去ってまた一難とはこのことか。とにかく目の前の火球を早急に処理しなければならないのだが……いやでかくね?俺じゃこんなでかいの出せないぞ?

 しかし諦めるわけにもいかないので、少しでも威力を削くことにした。だが詠唱してる暇もない。この状況を打破できるのは……そうだ!


「『禁術・サモン・ウンディーネ』」


 俺がそう唱えると目の前に魔術陣が展開される。そしてウンディーネが召喚され、火球に消し炭にされた。


「………」


 ふぅ〜。なんとか無傷でやり過ごしたか……

 ……。

 …………。

 ………………。


「大変申し訳ございませんでした!!!」


 消えてしまったウンディーネに土下座で謝罪をしておく。両手と額を地につけた全力スタイルだ。


 ところで、『サモン』って契約した魔物を召喚する魔術なんだよね。あのウンディーネちゃん、たしか前に水の都の……いや、思い出すのやめとこ。心が痛い。思い出さなくても痛いのに思い出したら消えてなくなってしまいたくなる。


「ふむ?魔力の流れが変わったようじゃが……」


 神に懺悔していると、どこか聞き覚えある声が聞こえてきた。


「すみませんでしたすみませんでしたすみませんでした……」


 しかし今はそんなことはどうでもよく、ひたすら自分の愚かさを嘆いた。生き延びるために絆を結んだウンディーネちゃんを……ううっ……本当に俺死んだ方がよくね?

 土下座ポーズでそんなことを考えていると、遂に声の主……インフェルノちゃんに見つかってしまった。


「おろ?おぬし、こんな所で何しておるんじゃ?」

「土下座」

「それはそうじゃな。しかし、ここには神獣ベヒーモスがいたはずじゃが?」

「は?」


 インフェルノちゃんの言葉に思わず背後を振り向く。てかインフェルノちゃん相変わらずドラゴンモードなのか、カッコイイなあ。てかその見た目でロリボイスって……というか後ろには誰もいないし。


「……あ」


 消えたといえば、思い当たる節がある。

 ウンディーネちゃんの件ですっかり忘れていたが、おそらくシフトホールのせいだ。


「なんじゃ?なにか思い当たったのか?」


 シフトホールとは自分と誰かの位置を変える魔術らしい。そして、範囲は術者の魔力量によって決まるらしい。成功したの初めてだから、らしいとしか言えない。つまりそうだとすると、俺と神獣ベヒーモスが入れ替わったというわけだ。


「うん。でもその前にな?お前な?空中で俺を離すってどういうこと?鬼畜なの?死ぬよ?死んで欲しかったの?」

「いや、それはおぬしがやめろというからじゃろう」

「いやいやいや……」




 そう。あれは遡ること十分程前……。

 その時、俺はインフェルノちゃんと龍の谷を飛び超える準備をしていた。


「そういえばおぬし、フォーレンに行った後はどうするんじゃ?」

「ん?まあ親に顔見せて……適当に冒険者続けるんじゃないか?」


 俺は特にこの先のことはまだ考えていなかったので、適当に返事をした。


「随分と適当じゃな。それならおぬし、わしと……む?むむ?」

「どうしたんだインフェルノちゃん。そんな怖い顔をして」

「怖い顔なぞしておらんわ!……しかし、まずい事になったのう。それ行くぞ!」


 そう言うと、すでに龍化していたインフェルノちゃんは羽ばたき始めた。


「は?行く?…え?えっ??」


 状況を飲み込めなかった俺はあたふたするばかりで、それを見かねたのか、インフェルノちゃんは足で俺のことを掴むとそのまま空へと飛び立った。


「え?ちょっと待って!待て待て!!」


 しかし、インフェルノちゃんは聞こえているのか聞こえていないのか知らないが、俺を掴んだままどんどん上空へと上がっていく。


「おい馬鹿!一旦やめろ!せめてちゃんと背中に乗せてくれ!!」

「む?やめろじゃと?仕方ないのう」

「そうそう、一旦地面に……は?」


 俺は一旦飛ぶのをやめろというつもりで言ったし、てっきりそう伝わっていると思ったのだが、インフェルノちゃんは何故か俺を離すとそのまま飛んでいってしまった。

「嘘でしょ?俺ここで死ぬの?」


 といった具合である。よく考えたら十分もなかった。怖い体験って体感時間長いよね。


「なんじゃ、フライも使えんのか?おぬしは」


 このドラゴン全く悪びれねぇぞ。


「フライは邪道」

「まあ生きているし、よいではないか。それより神獣ベヒーモスはどうしたんじゃ?」

「ああ、その件な……」


 インフェルノちゃんに離されてからのことを話すと、インフェルノちゃんはさもアッパレといった感じで反応した。


「おぬし、禁術を使えるのか。ほー。それはよいな」

「いいのか?」

「うむ。わしと魔王軍を狩るならそれくらいでないとな」

「は?」

「む?言っておらんかったか?」

「言われてないな」

「ならば、そういうことじゃ」

「なるほど了解……って納得出来るか!魔王軍を狩り感覚か!」


 ドラゴンの感覚がわからない。


「納得しなくてもよいぞ?おぬしに拒否権などないからの」

「とんでもねぇ事言いやがった!」

「まあ、とにかく今は神獣ベヒーモスじゃ。それ行くぞ!」

「え?待って?また?」


 抵抗も虚しく再びインフェルノちゃんに捕まると、これまた再び足で掴みながら飛ぶという構図が出来上がった。


「足トゲトゲしてて痛えし、首もげそう」


 この状況に対して俺は、どうしても「インフェルノちゃん、俺の事不死身だと勘違いしてないか?」と思わざるを得ないのだった。

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